Bー6 一緒に行きたくても

 楽しい日々もいつかは終わるもの。年が明け、やがて冬が明けた。サルフとの別れももう近い。

「もう春ですね……。雪解けだ」

 まだ寒さの残る三月のはじめ。窓を開けて、サルフは大きく息を吸い込んだ。

「ソーティア嬢、行くあては決めましたか?」

 大好きなサルフの言葉に、ソーティアはううんと首を振る。

「私、どこがどうなのか全然わからないのです。……図々しいですが、どこかいいところ、紹介してくれませんか」

「いえいえ、図々しくなんか。……で、紹介ですか」

 少し考えてから、サルフが答える。何か思いついたように、その瞳は輝いていた。

「そうですね、ここの隣にリノールという町があるのですが、そこはどうでしょう?」

 聞いたことのない町だ。そもそも、長い間イデュールの里にこもっていたソーティアは、外部の情報などほとんど知らないのだが。

 訊ねる。

「どんな町なんですか?」

 割と平凡なところですよ、とサルフが笑った。

「しかし、そこには『頼まれ屋アリア』なる店があります。彼女らならば、ずっと匿ってくれるかもしれないですね」

「頼まれ屋アリア?」

「依頼屋、何でも屋。名称はいくつかありますが、簡単にいえば、誰かの願いを叶えてくれるお店ですよ」

 願いを、叶えてくれるお店。大変魅力的に感じてしまった。

 そこに行けば、ソーティアの「居場所が欲しい」という願いも、叶えてもらえるのだろうか。

 あ、でも、と、ソーティアは困った顔をする。

「わたし一文無しですよ。店というからには、お金が必要でしょう?」

 それについては何の心配もいりません、と、やけに自信ある口調でサルフが頷いた。

「店主のアリアさんに一回、会ったことがあるのですが……。どうしようもない甘ちゃんですね。とにかくとんだ正義漢なんですよ。あなたみたいな人は、文句言わずに助けてずっと守ってくれるでしょう」

 助けて、ずっと守ってくれる。サルフみたいに期限付きじゃなくって、ずっと。その言葉は、大変魅力的だった。

 サルフが言葉を続ける。

「まあ、アリアさんはああですが、その弟のヴェルゼさんはそうも簡単にはいかないですよ。見た感じではイデュール嫌いですし頭もいいです。彼に認められるようになったその時には、あなたの居場所は出来上がっているでしょう。訪問の方法はお任せしますが、私にとっては、彼らくらいしか当てがないですね」

 健闘を祈ります、とサルフは荷物をまとめながら言った。それを見て、ソーティアは思わず声を掛ける。

「……もう、行っちゃうの?」

 彼はううんと首を振った。

「用意しているだけですよ。三日後には出立しようと思っています。私は北へ行く。あなたは、リノールに行くのならば西ですね。道は分かれます」

「一緒に、行っちゃ、だめ……?」

 不安でたまらなかったから、すがるように言ったけれど。サルフは首を振るだけだった。彼の青い瞳は凛としていて、揺らがない。

「私には私の道がある。もう休暇は終わりました。これから私の進むことになる暗い道へ、あなたを引き込みたくはありませんから」

「そう……ですか……」

 落ち込んだ。ずっと一緒にいられるわけじゃないと、分かっていたのに。いざその時が来るとなると、たまらなく寂しかったのだ。

 そんなソーティアを見て、サルフが彼女の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「なにも永遠の別れというわけではないのですから、そんな顔しないでください。運が向いたのならば、また会える日も来るでしょう。お身体を大切に、ソーティア嬢」

「…………サルフさん」

 穏やかな光が、春の到来を感じさせる日のことだった。


  ◇

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