Bー4 サルフという青年

「イデュールの民がこんな所で何の用だ!」

「あっ、イデュール見つけました! 捕まえてください!」

「あんたイデュール? しっしっ、こっち来ないで! けがれるわ!」

 いくら、宿を乞うても。誰も泊めてはくれなかった。ソーティアがイデュールの民だと分かるなり、誰もが彼女を迫害した。

 ただ、イデュールの民だというだけなのに。誰もが差別して、あらゆる権利を奪っていく。持っていたなけなしの百ルーヴも、強引に奪われてしまった。

 だから今夜も、

「……また、野宿」

 今日で野宿は一週間となる。あの場所から何とか持ってきた食料もあとわずかで尽きる。

 死にたくないと、強く、思う。

 生きているかどうかもわからない家族のために、生き延びなければならないと。もしもみんな死んでしまったのならば、彼ら彼女らの分、わたしが生きなければならないと。それだけが、生き残った者にできる供養になるからと。

 そのためには、庇ってくれる人が、守ってくれるひとが、必要なんだ。

 けれどそんな人、どこに行けば会えるというのだろう。

――幸せの地は、いずこ。

 報われぬ問いを、心の中で発した。


  ◇


 寒い冬の日だった。とある小さなまちなか。ソーティアは一人きりで、雪の中、我が身を抱いて眠っていた。季節はもう冬になった。食べられる草もない。彼女はしだいに痩せ細っていった。

 そんなときだったのだ。初めて、誰かに救ってもらえたのは。

「……おや」

 不意にした若い声。ソーティアはいきなり、身体を抱きあげられた。 

「まだ……生きていますね」

 優しい声が言う。

「お嬢さん、私の拠点にお連れしますよ。あなたはイデュールの民ですね。しかし心配御無用。私はそんなこと、気にしませんから。そもそも、生まれや育ちで人をどうこう言う方がおかしいのですよ」

 穏やかな声と優しい言葉に、ソーティアは凍りついた瞼を開けた。何故かとても安心できた。

 長い、青みがかった銀の髪、青玉石サファイアの瞳を持った若い男がそこにいた。ソーティアが目を覚ましたのを見て、青年が優しい笑みを浮かべた。

「おや、目を覚まされましたか。大丈夫、もう辛いことはありません。私のところで、冬が明けるまでゆっくり休んでくださいね」

「冬が……明けるまで……?」

 その言葉に、引っかかりを覚える。

 助けてくれるのならば、ずっとずっと一緒にいたいいのに。

 青年が苦く笑った。その顔は申し訳なさそうだった。

「……済みません、私にも用事はあるのです。あなたを匿ってあげられるのは冬明けまで。本当はもっと匿って差し上げたかったのですが……それまでに、どうするか、どうしたいのか考えておいてくださいね」

 ソーティアは、彼の腕の中で小さくうなずいた。

 いくら、親切なひとの作ってくれた居場所でも。そこに安住することはできないのだ。

――わたしの幸せの地は、安住の地は。

 どこにあるのだろう。どこに行けば、本当の居場所は見つかるのだろう。

 ソーティアには分からなかった。


  ◇


 ソーティアは匿われてすぐに、熱を出した。日ごろの栄養失調と寒さで抵抗力が落ちていたらしい。

 何より、匿われて安堵したのもある。

 もう、逃げなくていいのだと、野宿しなくていいのだと。雪の中、食べられる草を霜焼けの手で探さなくてもいいのだと、わかったから。彼女は心から安堵した。

 すると、これまでとどめていたたくさんの思いが、堰を切ったかのように流れだしてきた。

「ルーシア、姉様……!」

 もう二度と会えないかもしれない愛しい姉妹の名を呟き、涙した。

「私……まだ……約束も果たしてないっ……!」

 あの日、山で見た空を。織物にえがいて見せてあげるよと、ぶすくれる妹に約束した。優しく微笑む姉に約束した。けれど結局、それを果たすことは出来なかった。

「私っ……私っ……!」

 助けてくれた男の前で、ソーティアはめいっぱい泣いた。

「好きなだけ泣くといいですよ……。今まで、よく耐えてきましたね」

 そんなソーティアが泣きやむまで、青年は静かに寄り添ってくれていた。

 助けてくれた彼は、サルフと名乗った。わけあって各地を放浪しているのですよと彼は言ったが、詳しいことは話してはくれなかった。


  ◇

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