番外2 幸せの地はいずこ ――1455年
Bー1 序 楽園の空
【幸せの地はいずこ】――頼まれ屋アリア外伝
――イデュールの民、という一族が、いた。
彼らは色素のない白い肌、真っ白な髪、血管の色を映した赤い瞳、生まれながらに
ゆえにそれの見える彼らは、その見た目と相まって、特異な存在であった。そう、周りから見られていた。異端者である、と。
人は、特異な存在を排除しようとする。
それはイデュールの民といえども例外ではなかった。彼らは人々に迫害され、それから逃れるために各地へ散っていった。常にフードで顔を隠し、ひっそりと生きていかなければならなかった。悪いことは何一つしていないのに。ただ周りと違う、それだけで。犯罪者のように生きていかなければならなかった。
彼女、ソーティア・レイも、その一人。
姉妹から引き離され、何度も涙しながらも。彼女は思い、探していた。
その思いとは。
――幸せの地は、いずこ。
その問いの答えが見つかるのは、だいぶ後のことになる。
◇
「ルーシア、綺麗な空ね!」
ソーティアは明るい声を上げた。
その日は澄んだ快晴。イルヴェリア山脈の麓、イデュールの里であるカディアスでは、滅多にない青空が見られた。この里は高山にあるためか、雲で閉ざされていることが多いのだ。
イデュールの少女ソーティアと妹ルーシア、姉シーフィアたちレイ三姉妹は、三人で仲良く空を見上げていた。彼女たちの手元には、織物の機械がある。彼女たちは織物職人らしい。
イデュールの民への迫害は、日々強まってきているという。その中でも、この町だけは、カディアスだけは。まだ他の人々に知られていない。そこはイデュールの民の楽園だった。彼女たちはまだ、迫害という言葉の意味をよく理解していなかった。そこで育った彼女たちは、残酷なくらいに無垢で――純粋だった。
「ねぇ姉様、ルーシア」
ソーティアは、笑顔を浮かべて呼びかけた。
「ちょっとお山に行ってきてもいいですか? 高いところで、この珍しい青空を見たいの」
空には雲一つなく、どこまでも冴え冴えと美しかった。滅多にない青空。思う存分、楽しみたかったのだ。
すると、ルーシアが口を尖らせた。
「えー、ソーティア姉様ずるいですよー。わたくしも行きたいですー」
文句言わないの、とシーフィアがなだめる。
「あたしたちにはお仕事がある。仕方ないじゃない。またいつか、機会があるでしょ。青空が見られるのは今日だけじゃないわ」
「シーフィア姉様まで! ……次にこんなに晴れた日が来たら、今度はわたくしも行きますからね! よりによって今日、姉様が非番だなんて! 不公平です……」
ぶすくれる妹に、ソーティアは苦笑いを返した。
「後で織物にしてあげるから。ね?」
イデュールの民は『イデュール織』という特産品を作る。手先が器用な彼女たちの織り上げた布地はグラデーションがとても綺麗で、大変美しいと評判だ。イデュールの民にとって、見てきた景色を布地に織り上げるなんて簡単なことなのである。それは、まだ若いソーティアにだって出来ること。
「……じゃあ、行ってきますね。一人だけごめんなさいっ!」
ソーティアは大きく手を振り、山への道を歩き出した。
姉妹を置いていくことに申し訳なさはあったが、せっかくの自由時間である、思う存分楽しんでやろうと思った。
◇
そんな彼女を、見つめる影がふたつ。
雑に服を着崩した、見るからに怪しげな風体の男たちだった。
そのうちの、赤毛の男が相棒に問う。
「おい、あれはイデュールの民か?」
かもな、と相棒の黒髪の男は頷いた。
「……の、ようだ、な。どこから来やがった?」
「あっち、あっちの方からだ。やけに機嫌がいいな。山へ向かっている」
「了解。ってことは、あっちの方にイデュールの里があるのかもな。お前、調べてこいよ」
俺? と赤毛の男が首をかしげた。
「あんたはどうすんだよ」
「あの娘を追う。……呪われた民が、俺たちの神聖な地を汚しやがって。残らず殲滅するぜ」
「俺は、もっと増援を呼んで来いって?」
ああ、と黒髪の男はぎらぎらと光る眼を向けた。
「たった一人で殺れるほどあの連中は甘くはないぜ。もっと人を呼べ。近くに沢山いるだろうが。イデュールを嫌う奴らがな!」
「……承知。わあかったよ! 行ってくりゃあいいんだろぉ?」
「そういうことだ。とっとと行け」
「てめえ、何様のつもりだよな。……へいへい、行ってきますよ。ほんじゃな」
「健闘を祈る」
去りゆく赤毛の男を、黒髪の男が見送る。
イデュールの民の楽園に、波乱が起きようとしていた。
◇
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