9-2 人形のような人形使

 シヅキは語る。ある日、近所の森から帰ってきたらイヅチがいなかったこと。そこには、人を人形のようにする特殊な香のにおいが漂っていたこと。ミカルに周囲を偵察に行かせたら、心を抜き取られ人形のようになっているイヅチを見掛けたこと。そしてイヅチの傍には謎の男が立っており、イヅチに何か命令を下しているようにも見えたこと。

「十中八九、そいつが黒幕だわ。けれど私は魔法の使えないただの薬草師。私では兄さまを助けることなんて出来ないわ。だから……兄さまから話を聞いたのを思い出して、あなたたちを頼ることにしたのよ」

 沈鬱な表情でシヅキは語った。

 そっか、とアリアは頷く。

「イヅチには前に助けられたし! 今度はあたしたちが恩を返す番ね? いいわよ了解!」

 アリアは笑顔をシヅキに向けた。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」

「あいつがピンチになっているって、珍しいと思うしな」

 店の奥からヴェルゼが出てきて、にやりと笑った。

「オレはアリアの弟、死霊術師のヴェルゼだ。いいぜ、受けてやる」

「……ありがとう。助かるわ」

 シヅキは深く礼をした。

「とりあえず……奴のところに案内するわね。あなたたちみたいに経験豊富な魔導士さんたちなら、何か方法が浮かぶかも知れない。話だけ聞いたって分からないでしょ?」

 そうねとアリアたちは頷いて、シヅキの後についていく。

 いつか出会った、とても強い人形使。そんな彼が危機に陥っているという事実に、胸は不安でざわついた。


  ◇


 シヅキが案内したのは、とある丘だった。その上に立つ二つの人影を、下の方にあった林から見た。

 一人は、見間違えようもないイヅチ。黄金の髪に黄金の瞳、身に纏うは漆黒のマント。その表情は虚ろで、動きもぎこちない。

 人形のようになったイヅチの傍らに立つ男は、金色の髪に赤い瞳。左目を黒い眼帯で隠し、身に纏うは漆黒のマント。その面立ちは、どこかイヅチに似ていた。

 男がイヅチに何かを命じる。するとイヅチはふらふらと動き出し、丘の向こうへ消えて行った。その姿には、いつかのような強い雰囲気など微塵も感じられない。彼は完全に、生ける人形と化しているようだった。

「へェ、あいつが……」

 ヴェルゼが小さく驚きの声をもらした。その目は細められ、何かを観察しているかのようだった。漆黒の瞳に輝きが宿る。

「だが……分かったことがあるぜ。ひとまずこの場を離れよう。やるべきことが出来た」

 アリアはきょとんと首を傾げた。

「え? あたしには何も分からなかったよ?」

「オレと……デュナミスには分かったはずだ。死霊術師の領分だなこれは」

 首をかしげるアリアに、静かにヴェルゼは答える。

 その場を離れて、ヴェルゼは言った。

「今のあいつには魂が無い」

「魂を抜き取られてる、と言った方が正しいかなぁ。今の彼は魂の抜け殻さ」

 難しい顔でデュナミスが補足した。

「要は。抜き取られた魂を見つけ出せれば、きっと彼は元に戻るはずなのさ。でもこれは、僕ら死霊術師にしか出来ないことだから」

「別行動を取らせて頂こう」

 きっぱりとヴェルゼが言った。

「オレとデュナミスは魂を探しに行く。必ず戻るから、それまで待っていてくれ」

 別行動。それは寂しいことではあったけれど。

 確かに、死霊関係ではアリアは足を引っ張ることしか出来ない。

 前回の依頼で、アリアたちは引き離されたばかり。離れがたい、という気持ちは確かにあったが、感情を優先してばかりでは依頼をこなせない。

 気持ちを呑み込んで、わかったわとアリアは言った。

「行ってらっしゃい、ヴェルゼ」

「行かないでとか言うと思ってたが意外な言葉だな?」

「思ってるわよ! でもあたし、ヴェルゼのこと信じてるし! 待ってるから絶対に戻ってきなさいよね!」

「……了解だ、姉貴」

 ヴェルゼがにっと笑った。

 じゃあ、と彼は背を向ける。

「行ってくる。死霊関係のプロが二人だ、あまり時間は掛からないと思うが……」

「何かあったらヴェルゼが笛で連絡するでしょ。心配し過ぎて変な行動は起こさないようにね?」

 デュナミスがそっと付け足した。


  ◇

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