第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 ――12月

9-1 序 いつかの“彼女”は突然に

【満ちぬ月の傀儡使】


 不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。

 店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。

『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 看板には、そんな文言が書かれている。


  ◇


 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。

 今回はどんな依頼だろう。思いながらも、アリアは元気よく声を掛けた。

「はーい、頼まれ屋アリアへようこそ! 今回はどんな依頼かしら?」

 やってきたのは黒髪の少女。青い瞳をし、服は黒を基調とし、青いレースやフリルがたくさんついたワンピース。胸には大きな青いリボン、そして頭に青薔薇のコサージュをつけた彼女は、どこかの貴族の令嬢のように静かで上品な雰囲気を漂わせている。

 少女がアリアを見て、訊ねた。

「あなたが……アリアさん?」

 ええ、とアリアは頷く。

「誰かから、あたしたちの話を聞いたのかしら?」

 問われ、少女は頷いた。

 おもむろに口を開く。

「私は薬草師のシヅキ……。絡繰人形館からくりにんぎょうかんのシヅキ。人形使イヅチという名前に聞き覚えはあるかしら?」

「……!」

 頭にひらめくものがある。

「あ……いつかの同業者さん!」

 アリアはぽんと手を叩いた。

 五月。謎の男に魔法人形の修理を頼まれた。その際に手助けをしてくれたのが、人形使のイヅチだった。一見優しげでひ弱そうに見えた彼だったけれど、凄まじい力の気配を感じたのを覚えている。目の前の少女は彼の関係者なのだろうか。

 イヅチ、の名前を聞いて、店の奥でヴェルゼが反応した。いつかイヅチと戦ってみたいと言っていたヴェルゼ。その関係者が店に来たのだから当然と言えば当然の反応だろう。イヅチのことを知らないソーティアが首を傾げ、それを見たデュナミスが説明してやっているのが見えた。そんな様子を眺めながらも、シヅキは言う。

「私は、イヅチの妹。兄さまからここの話を聞いたわ」

「ボクも来てるよ」

 そんなシヅキのワンピースの中から、ふわりと人形が現れた。

 短めの金髪に金の瞳、青いマントを身に纏った少女の人形。彼女はイヅチの相棒たる、意思持つ人形ミカルだ。

「えへへっ、また会えたねっ! 頼まれ屋のみんなぁ、元気してたー?」

 ミカルが元気な声を出す。だが、その声には前に聞いたほどの元気がないようにも思える。

 アリアは首をかしげた。

 イヅチの妹もイヅチの相棒もいる。なのに肝心のイヅチがいない。これはどんな依頼なのだろう。まるで見当がつかない。

 いつもは明るくお茶目な態度を取っているミカルも、何故か今は真剣に見えた。

 困惑するアリアに、シヅキは青い真っ直ぐな瞳を向けた。

「単刀直入に言うわ」

 その声には、どこか焦りのようなものすら感じられた。


「兄さまを、助けて」


  ◇

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