8-3 終 ここがわたしの居場所だから

「この世界は……理不尽だと思わないかい?」

 シドラの赤い瞳に、仄暗い感情が宿る。

「だってさ、ボクらさ、イデュールだってだけで差別受けてんだぜ。馬鹿みたい。イデュールに生まれたことがそこまで罪なことなのかい? 人間たちから酷い目に遭わされるたびにさ、何度も何度もそう思った。そしてそんなボクたちがいくら頑張ったって、人間たちには認められない。そこの」

 彼は不安げな目で自分を見ているソーティアを指さした。

「彼女だってさ。今こそ頼まれ屋アリアで良い待遇を受けてるみたいだけど? 店から出たらどうなるかなどんな扱いをされるかな? ああ、やっぱり世界は理不尽だ」

 シドラの言葉に、ソーティアはぐっと唇を噛み締める。

 そう、アリアたちが特別だっただけだ。普通はイデュールの民なんて、

誰も受け入れてはくれないのだ。

 ただ、イデュールとして生まれただけ。それなのに、のし掛かるは圧倒的理不尽。

 だからさ、とシドラは続ける。

「ボクと兄さんは決めたんだ、この世界に爪痕を残そうって。さんざん馬鹿にされてきたイデュールでも、誰かの心に残ることは出来るって証明したかった。たとえそれが――憎しみという形でも」

「だからオレたちを騙して追放させたのか?」

 鋭い目でヴェルゼが睨む。

 ああそうだよと頷いた。

「だって……どうせさ、何か善いことをしたって、『イデュールだから』って理由だけでそれをなかったことにされる社会だぜ。ならさ、自分たちの生きてきた証を残すなら、憎しみとか消えない傷とか、悪い感情で塗り潰すしかない。これはボクたちの挑戦なんだよ――」

 で、とヴェルゼがシドラを睨む。

「お涙頂戴な話をありがとう。お前たちの事情はわかったが、そんなことで傷が消えるか。犯した罪が消えるわけじゃないんだ。和解だって? 寝言は寝て言えよ。誰が貴様なんかと」

「ソーティア・レイ」

 ヴェルゼを無視し、シドラは真剣な瞳でソーティアを見た。

 その鋭い眼光に射抜かれて、ソーティアの身体が固まる。

 シドラは彼女に手を差し出した。

「キミのだけ毒は解いた。ねぇキミ。同じイデュールなら分かるだろう? ボクらの悲しみや憤りが、感じてきた理不尽が。人間と一緒にいたってキミは幸せになれないよ。ならさ……ボクらと一緒に来ない? ローゼリアもさ、胸に咲いた花のせいで外れ者だ。ボクたちと一緒にさ、この世界に爪痕を残さない?」

「…………お断り、します」

 うつむき、ソーティアは差し出された手を払った。

「わたしには助けてくれる人間がいた。でもあなたには自分たちしかいなかった。だから、人間の善性を信じられないのでしょう。けれどわたしは信じます。アリアさんたちと一緒にいれば、わたしはきっと幸せになれる。世界に爪痕を残すことだけが、イデュールの使命ではありません。そんな大きなものに生きた証を残さなくても……わたしは……」

 アリアたちを見る。そこには居場所をくれた大切な人たちの顔がある。

 ソーティアは満面の笑みで、

「わたしは、アリアさんたちの記憶にさえ残ればそれでいいんです!」

 シドラの頬を張った。ぱーんと小気味よい音。

「だから、アリアさんたちを傷つける相手は、たとえ同じイデュールであっても許しません!」

「……そうかい」

 張られた頬を押さえながらも、苦虫を噛み潰したような顔でシドラが声を絞り出した。

「なら残念だ。キミなら分かってくれると思ったのにさ……。さてローゼリア、全員分の毒を解除して。話し合いは決裂したようだ。これ以上、ここにいる意味はないよ」

 頷くローゼリア。しばらくして、アリアたちは身体の自由を取り戻した。

 去りゆくシドラが言葉を投げる。

「分からないよね、ああそうだよ。迫害され無価値だと嘲笑われ、傷ついたことのないキミたちには分からないかぁ。残念だな。……次はエルナスで会おうか、ティレイト姉弟」

 謎めいた言葉を残し、彼は去っていく。追い掛ける者はいなかった。

 そうそう、と最後にフィドラが言った。

「ソーティアさん。あなたの故郷であるカディアスの里は、少しずつ復興してきています。いずれは顔を見せてあげると良いかもしれませんね」

「……!」

 ソーティアの顔に喜びが宿る。

「ありがとう……ございます!」

「感謝されるいわれはありません。あなたは僕らの同族ですから当然です」

 そして彼らは森の奥に消えていった。

 シドラ・アフェンスク。策でアリアたちを陥れた張本人。

 彼もまた、複雑な過去を持つ存在である。それは分かったけれど。

「でも……ええ、あたしたちとは決して相容れない」

 アリアは呟いた。

 目的がどうであれ、それで誰かの心をずたずたにする彼に共感できる日なんて一生来ない。

 その後は終始無言で、店へ帰ったのだった。


  ◇


 因縁の相手、シドラ・アフェンスク。

 いつか彼らと本気で対決する日が来るのだろうか?

 まだあの日のことは終わっていない。決着はついていない。

 「エルナスで会おう」その言葉の真意とは? 自分たちはまた、あの故郷に戻らなければならなくなるのだろうか。

 シドラの残した言葉が、アリアの中で不穏に響いた。


【運命を分かつ白双 完】

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