8-2 因縁の双子
急いで支度をして一階へ戻る。イノシアの森。そこはいつか出会った同業者、絡繰人形館のイヅチのいる町の近くの森だ。そこにイデュールの民が捕らわれているというのか。
イノシアの森で事件が起きているのならば、イヅチたちに頼むのが筋だろうに。彼もまた優れた実力者であるのはよく分かっている。
そんな思いを抱きつつ。
「準備できたわ。行きましょう」
アリアはフィードに声を掛ける。
ありがとうございますとフィードは頭を下げた。
鋭い目で、ヴェルゼがフィードを睨む。
「怪しい真似をしたら殺す」
「嫌だなぁ。僕はただの無力なイデュールなのに。戦えない僕には怪しい真似なんて出来ませんってば」
困ったようにフィードは笑った。だが、油断してはならないとヴェルゼは自分の心に刻む。
目の前のフィードからは、シドラと同じようなにおいを感じたのだ。
◇
フィードに案内されてイノシアの森へ着く。
鬱蒼と茂った森の奥、縄に縛られている白フードの人影が見えた。
「この人が……?」
アリアが問うと、縛られていたはずの人影は縄を振りほどき、アリアにずいっと近づいた。
「やぁ、久し振りだねアリア」
人影が頭を振ると、被っていたフードがはらりと落ちた。
そこにあった顔は、忘れもしない、
「――シドラッ!」
「おおっとぉ、ここは森だ、炎はご法度だよ?」
反射的に魔法を使おうとしたアリアの手に、どこからか飛んできたブーメランがぶち当たった。それを投げたのはフィードだった。シドラはフィードの方を向き、嬉しそうな顔をした。
「ありがとうね兄さん。やっぱり兄さんは騙すのが上手いなぁ。ボクじゃさ、警戒されちゃうから助かったよ」
フィードが無言でフードを外す。現れた顔はシドラと同じ顔だった。
兄さん。シドラの言葉にアリアは思い出す。
よそ者のシドラがエルナスの町に来た時、彼は一人ではなかった。彼の双子の兄も一緒だった。けれど双子の兄フィドラは身体が弱くて、滅多に外に出ることはなかった。だからアリアたちはその存在を忘れていることが多かった。
けれど彼は確かにいた。確かに、あの町にいたのだ。
盲点だった。
「お察しの通り、僕はフィドラ・アフェンスクです。騙してしまって済みませんね」
悪びれもせずに、フィードと名乗っていたフィドラが答える。
貴様、とヴェルゼが彼に飛びかかろうとするが、
「あたいの仲間に手を出すなっ!」
割って入った人影があった。金属音。ヴェルゼの鎌は人影の持っていたナイフに弾かれる。
それは少女だった。短く切った赤い髪に、野生の獣のような鋭さを宿す赤い瞳。身に纏うはところどころ汚れた、白のワンピースに革のサンダル。
そんな彼女は、左胸から赤い薔薇を咲かせていた。それは異様な姿だった。
「あたいはローゼリア・イヴ・レンツィア。シドラたちは恩人だよ。手を出すことは許さない」
獣のような双眸が、ヴェルゼを睨み据えた。
はぁ、とアリアは溜め息をつく。
「わかった、わかったわよ。ヴェルゼも殺意をおさめなさい。で? 何が目的なの?」
「和解しないかって話さ」
「絶ッ対にお断りだ!」
シドラを、ヴェルゼが鋭い瞳で睨む。
「和解だって? ハッ、何を今更。人を裏切って居場所奪った奴が何言ってやがる。用件がそれだけなら帰っていいか?」
「まぁ待ってよ。話を聞いてくれるかな?」
シドラがローゼリアと名乗った少女に目配せをした。すると彼女が頷き、胸に咲き誇った薔薇から妙な香りが漂い始める。それを吸ってしまったアリアたちは、身体が動かなくなるのを感じた。
「簡単な麻痺毒だよ。話を聞いてくれるまで逃がさない」
そう、ローゼリアが言った。
アリアは大きなため息をつく。
「はぁ……仕方ないわね。話だけ聞くわ。でもその後であたしたちがどう動こうが、文句言わないでくれる?」
「ふふ、約束しよう」
満足げにシドラが頷き、語りだす。
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