10-Aー2 やってきた依頼は衝撃の

 それから、数日後。

 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。

 新年最初のお客様は誰だろうか。そんなことを考えながらも、アリアは元気よく声を投げる。

「はーい、ようこそ! 今回の依頼は何かしら?」

「お邪魔します」

 やってきたのは、黒髪に青い瞳、眼鏡を掛けた真面目そうな青年だった。その首からは、一本の素朴な笛が下がっている。

「初めまして。笛の奏者フォードと申します」

 礼儀正しく青年は名乗る。

「新年早々、申し訳ないのですが……お願いしたいことがありまして」

 穏やかな青い瞳が、アリアの赤い瞳を見た。

 放たれた言葉は、


「エルナスの町へ行って、そこの特産品であるエルナスの笛を、持ってきてもらいたいのです」


 とんでもないものだった。

 アリアは固まる。エルナスの町、因縁の町。大切な、でも追放されて、簡単には帰れない故郷。

 基本的にどんな依頼でもこなすアリアたちだが、今回のこれは流石に困る。

 恐る恐る、訊ねた。

「エルナスの町は、確かにただの部外者では行けない町だわ。ましてやエルナスの笛なんて、よっぽどのことがないともらえない。でもあなたはあたしたちに頼んだ。確かにあたしたちはあの町の関係者ではあるけれど……それをどこで知ったの?」

 シドラと名乗る方が教えてくださいました、と青年は答える。

 やっぱりシドラか、とアリアは唇を噛んだ。

 シドラが、この青年をそそのかして、アリアたちがエルナスに帰るよう仕向けたのだろうか。

 青年は話を続ける。

「頼まれ屋アリアに行けば、エルナスの笛だって手に入れることが出来るだろうと。……その様子だと、町と何かあったのですか? 無理にとは言いませんが……」

「……あなたは何故、エルナスの笛が欲しいの? 回答次第では、この依頼、却下させてもらうわ」

 はい、と青年は頷き、胸を張る。

 青い瞳に、真面目で澄み渡った輝きが宿った。

「僕の故郷で、一か月くらい前に疫病が流行りました。それでたくさんの人が死に、悪霊となりました。生きていた頃のみんなは、僕の演奏が好きだった。だから……死者にさえ音を届けられるエルナスの笛があれば、故郷を何とかできると思いまして……」

 語られたのは、重い事情。

 店の奥からヴェルゼが出てきた。

「初めまして、フォードどの。オレはアリアの弟、死霊術師にしてエルナスの笛の奏者ヴェルゼだ。オレが直接そこへ出向き、エルナスの笛を奏でればいいんじゃないのか?」

 因縁の故郷。いつか帰らねばとは思っていたけれど、こんないきなりでなくたっていい。ヴェルゼはそう考えたのだろうか。

 しかし青年は首を振る。

「お申し出は大変ありがたいのですが……みんなは、音が好きなんです。前にも他の奏者が町に来たことがあったのですが、みんな気に入らなくて……」

「……そうか」

 笛の音は、人によって違う。同じ笛を使い、同じ曲を奏でても。人によって、それぞれの『色』が出る。違う『色』では魂を鎮められないというのであれば、そこにヴェルゼの出番はない。

 だから、お願いしますと青年は頭を下げた。

「どうか……エルナスの町へ行って、エルナスの笛を」

「……分かったわ」

 アリアは頷いた。

 真剣な顔で、ヴェルゼを振り返る。

「ね、いいでしょ、ヴェルゼ。せっかくの機会よ、因縁に決着をつけに行きましょ」

「……姉貴がそう言うなら」

 じゃあ、とアリアは明るい顔で青年に言った。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ! あのねあのね、全て終わったらエルナスの笛であなたにしか聞こえない音を届けるから、それまで待っていてほしいの」

 青年は、深く深く頭を下げた。

「ありがとうございます……本当に、ありがとうございますっ!」

 ふふ、とアリアは笑顔を浮かべる。

「困っている人がいたら助ける。それがあたしの信条だから、気にしないで結構よ!」


  ◇

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