10-Aー3 懐かしき友へ送る音
笛を作ってもらうにあたり、自分の笛があれば職人さんの参考になるだろうと青年は愛用の笛を置いていった。精巧な作りの笛だった。長い間使っているのだろうか、一部がすり減っていた。
「開店」の札を「閉店」にし、店の中でアリアたちは難しい顔をする。
「さて……どうしようかしらね」
引き受けてしまったはものの、アリアたちは追放の身である。正面から堂々と、エルナスに帰れるわけではない。しかしエルナスはよそ者を嫌う町、出入り口は一つしかなかったはずだ。町は、木で出来た高い柵に囲まれているのだ。そして一つしかない出入り口には、見張りがいる。見張りの注意を逸らそうにも、簡単に持ち場から離れてくれるかは分からない。
「アルテアさんは護法隊長だから、今回は敵になるだろうしな」
ヴェルゼが呟く。
両親を早くに失った姉弟の世話をしてくれたのは、エルナス護法隊長のアエルテア・イフィス。しかし彼女は何よりも優先して門を護るという使命があるため、アリアたちを通してくれるとは思えない。
「町長……はもちろん駄目だし。あの町に味方っていたっけ?」
アリアは首をかしげる。
何かいいものあったっけと適当に鞄の中を探っていると、その手が細い何かに触れた。
触れたそれを取り出して、アリアはあっと声を上げる。
「カルダン……」
思わず呼んだのは、あの町に残った幼馴染の名前。
鞄の中から取り出したのは、エルナスの笛だった。追放される前、笛職人の息子カルダンがアリアに作ってくれた、アリアだけの笛。笛を奏でるのが苦手なアリアでも演奏出来るように、全体の長さや穴の大きさを調整した笛。
忘れようもない、カルダンからの大切な贈り物。
「そうだな、あいつがいた」
ヴェルゼが頷く。
「オレがあいつに笛言葉を送ろう。で、町の中からあいつに協力してもらって、アルテアさんの気を引くとかなんかしてもらって、その隙に町の中に入る。悪くない案だろ?」
あいつはさ、町の中で唯一、オレたちの無実を信じてくれていたよなと懐かしそうに目を細める。そうね、とアリアは賛同の意を示した。
あの日。シドラに嵌められて、折っちゃいけない枝を折って、追放された日。町の人全員が、アリアたちを責めた。けれどカルダンだけは責めないでいて、徹夜してアリアの笛を作って、餞別にと渡してくれたのだ。
あの町に帰るならば、カルダンだけが唯一の頼りだ。
連絡を入れてくるよ、と穏やかな顔でヴェルゼが言った。
「二年ぶりの連絡だぜ。あいつからどんな音が返ってくるか、楽しみだ」
集中したいからと、ヴェルゼは階段を上って自室へと消える。
行ってらっしゃいとアリアは彼を見送った。
「さて……と」
部屋に残されたのは、アリア、ソーティア、デュナミスの三人だ。
アリアは訊ねる。
「あたしたちはエルナスに帰るわ。でもあそこは基本的に、外部の人間が来てはいけない。どうせ店を開けるんだし……その間、ソーティアちゃんはカディアスの町? を見に行ったらどうかしら。デュナミスがどうするかは任せるけれど」
そうですね、とソーティアは頷く。
「わたしも、一時的に帰らせていただきます。でも、必ず戻ってきますから! アリアさんたちも戻ってきてくださいね! 約束します!」
「当然よ。だってここが、あたしの居場所だもの!」
アリアの赤い瞳には、確かな誇りが燃えていた。
僕は、とデュナミスが発言する。
「個人的に、戻りたい場所がある。ヴェルゼと離れると僕の力は弱くなっちゃうけど……。僕にもさ、決着をつけたい因縁があってねぇ」
「じゃあ決まりね」
アリアとヴェルゼはエルナスへ。ソーティアはカディアスへ。そしてデュナミスはどことも知れぬ場所へ。それぞれの過去と、因縁と、決着をつけに。
新年最初に、アリアたちはそれぞれに分かれる。けれどアリアは、皆が無事に戻ってくることを信じて疑わなかった。ここで紡いできた絆は、そんなにヤワなものではないのだ。
たとえ一時的に別行動したって。帰る場所は、頼まれ屋アリアなのだから。
「でもソーティアちゃん、気を付けてね。あなたはあたしやヴェルゼみたいに、戦えるわけじゃないんだし。魔法転写したら倒れちゃうし。だからこれを渡しておくわ」
アリアが渡したのは、いつかの双頭の魔導士のくれたカードと、赤い宝石の着いた指輪。カードは、念じれば一回だけ、双頭の彼らが助けに来てくれるという魔法の品。指輪は双頭の魔導士の片方であるリーヴェの魔力のこもった品で、魔力を持たない者でも、魔法の原理さえ分かっていれば炎魔法を放つことが出来る。それらはとても貴重なものだ。それを渡すということは、アリアがソーティアを大事に思っている証。
カードと指輪を両手で抱き締めて、ソーティアが笑顔を浮かべた。
「……ありがとうございます、アリアさんっ!」
◇
自室に戻り、ヴェルゼはうきうきと首元の笛を取り出した。
大好きだった幼馴染。明るくておおらかな彼は、素直になれないヴェルゼの気持ちも、自然とくみ取ってくれたものだった。その明るさに何度も救われた。どうしてこれまで連絡を入れなかったのか、不思議になるくらい仲良しだった。
何を伝えよう、何から伝えよう。いきなり本題に入るのも悪いかな。そもそも今、あいつは暇だろうか?
様々なことを考えつつも、深呼吸して笛に口をつける。
カルダンにしか聞こえず、そしてエルナスの町の人にしか分からない笛言葉が、流れ出す。
《――カルダン》
呼び掛けの音。
《カルダン、オレだ。元気してたか?》
それだけ伝えて、しばらく待つ。忙しい時ならば返事は来ないだろう。そうしたらまた後で伝えるつもりだった。
カルダンからの返事を思い、ヴェルゼの胸は期待で高鳴る。
しばらくして。
《――ヴェルゼ?》
期待と困惑に満ちた音が、返ってきた。
そして、音が爆発した。
《ヴェルゼ! ヴェルゼかよ!? 本当にヴェルゼ!?》
音はどこまでも嬉しそうで、そして大音量で耳に届いた。
《今までどうしてたんだよー! おれたち大親友だったよな!? 連絡くらい寄越せよコノヤロー! ど! れ! だ! け! 心配したと!》
思わず耳を塞ぎながらも、ヴェルゼは苦笑いした。
《……嬉しいのは分かったから音量落とせよ。耳が壊れちまうぜ》
《悪い悪い!》
届く笛言葉の音が下がった。どれだけ本気で息吹き込んでるんだよと思いつつ、そう言えばあいつ、声大きかったよなと思い出す。
呆れ顔をしつつ、ヴェルゼは笛言葉を伝える。
《積もる話もあるが、後だ。本題に入らせてもらうぜ。いいか? 時間あるな?》
《分かった! 時間なんか腐るほどあるぜ! あ、アリアは笛言葉下手だから音が聞こえないんだよな? 無事だよな!?》
《無事だから安心しろ》
懐かしい音を聞いて、ヴェルゼの心は高揚していた。遠い日に聞いたカルダンの音だ。聞くと嫌な気持ちも吹き飛ぶ、底抜けに明るい音だ。
本当はヴェルゼだって、カルダンみたいに大きな音で会話したい。だが今はその時ではない。溢れそうな想いを抑えて、簡潔に用件だけを伝える。
《明日、オレたちはエルナスに帰る。だが正攻法じゃ帰れない。だからお前に、アルテアさんの気を逸らしてもらいたいんだ。頼めるか?》
返ってきた音は相変わらずテンションが高い。
《りょーかいだ! そんなの余裕だぜ! 町に入る前に笛で合図おくれよ。このおれが何とかするからよ!》
それよりも、と音が言う。
《帰って! くるんだな! また! 会えるんだな!》
《会える》
返すと、言葉にならない音が聞こえてきた。どこまでも明るくて、喜びに満ちた音。ああ、こいつはずっと自分たちのことを想っていてくれたのだなと思うと、胸が熱くなってくる。ここまで良い友人がいたんだ、と幸せな気持ちになってくる。どうして、忘れていたのだろう。こんなにも、会いたくてたまらない人なのに。
《会えるから、落ち着いてくれ。アルテアさんに計画がバレると困るんだ》
《分かったー! 落ち着くからなー!》
《その音で言われると説得力が無いんだよ……》
カルダンと会話していくうちに、自然、表情も緩んでいく。
自分がいつも突っ込み役やってたなと思い返しながらも、締めの笛言葉を投げた。
《まぁ、そんなわけで。よろしく頼んだぜ?》
《任せろっ!》
どこまでも嬉しそうな声を受けながらも、ヴェルゼは笛を口から離した。
またあいつと、会える。そう思うだけで、幸せな気持ちになれた。
カルダンは、そんな奴だから。会った人をみんな、幸せにしてくれる奴だから。
「ふふっ、あいつ、どんな顔するかな」
ヴェルゼは穏やかな笑みを浮かべた。
◇
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