6-7 邪悪を穿つは魂の星

 そこにいたのは第一王子フォーリン・アンディルーヴだった。思わず警戒するアリアたちを手で制し、フェンドリーゼは相手にずんずん近づいていく。

「こんばんは。兄上はご機嫌麗しゅう」

 芝居がかった仕草で礼をする。その声は笑っていた。

 どういうことだ、とフォーリンが怒鳴ると、どういうこととは? と聞き返す。

 怒りをあらわにフォーリンが叫んだ。

「お前は! ぼくの大切な部下を勝手に連れ出そうとした!」

「部下なの? 本人が部下だと認めてない人を部下と呼ぶの?」

「あたしは強引に連れてこられただけよ! 弟たちを人質にされて!」

 思わずアリアが叫ぶと、そういうことだねとフェンドリーゼが笑う。

「そんなやり方じゃ誰もあんたになんか従わないさ。俺はさ、こういったことが大嫌いなわけ。次期王位継承者? 知ったことか。あんたみたいなのが王になったらこの国も末だね」

「う、うるさい! 王位を放棄したお前に何が分かるか! ぼくは次の王だ、逆らうな!」

「次の王は兄貴じゃないよ。俺はもう、心に決めている人がいてね」

 フェンドリーゼの言葉に、ぼくこそが次の王だとフォーリンは叫ぶ。彼は顔を真っ赤にし、自分の部下たちを呼んだ。

「お前たち! 時期王の命令だ、奴らを殺せぇっ!」

 それを見て、おやおやとフェンドリーゼが眉を上げる。

「自称時期王がご乱心っと。これは弟がなだめなきゃぁ駄目なパターン?」

 彼の周囲で風が渦巻く。圧倒的な風の魔力が彼に集まる。

 アリアもまた身構えた。その視界の端、ごめんなさいと謝るような眼をローリアが向けた。彼女は王宮魔導士だ、王子には絶対服従しなければならないのだ。

 アリアはフェンドリーゼに声を掛ける。

「ねぇ、フェン様」

「ん、何だい? 軟禁生活で疲れたろ。ここは俺に任せていいよ小鳥ちゃん」

「あたしも一緒に……戦っていい?」

 その赤い瞳には強い意志。

 そうだ、今はヴェルゼが一緒だ。彼と一緒ならば、訓練された王宮魔導士だって打ち倒せるような気がした。二人で一人の頼まれ屋アリアだ、今こうして揃ったのならば。

 アリアの決意を見て取って、いいよとフェンドリーゼは頷いた。

「ただし……殺しちゃいけないよ。撃退目的の魔法を頼むぜ?」

「了解!」

 アリアは魔法素マナを組み合わせる。組んでいるのは氷の魔法素マナだ。氷の大きな壁を作り、その場から撤退する方針だ。

 ヴェルゼがいるから。他の属性だって思うように使える!

「さぁて始めようかぁ!」

 叫んだフェンドリーゼが風を吹かせた。それは幾千の鋭い刃となって王宮魔導士たちに襲いかかる。だが相手も訓練されたもので、咄嗟に張られた氷の盾に風は弾かれる。そこへアリアが氷魔法を発動させようとした瞬間、

 意外なところから声が上がった。それは普段ならば穏やかな人物の、凍えきった声。

「流れろ流れろ魂の炎、空を大地を穿て抉れ破砕せよ! 悲しみの運命に嘆く魂よ、今こそその無念を解き放て! 全力解放ッ! ――魂の灯火ウィスプ・リュウール!」

 瞬間。

 幾つもの星が、落ちた。

 真夜中の、王宮に。

 穿たれた大地、爆裂した空気。吹っ飛ばされる魔導士たち、巻き込まれる第一王子フォーリン。

 デュナミス・アルカイオンが、冷酷な笑みを浮かべていた。

「僕はさ……こういった奴、大ッ嫌いなんだよね。何が第一王子? 何が権力? 権力をかさにして好き勝手しやがって……」

 瞬間、垣間見せられたのは元天才死霊術師の実力。死してもなお残るその力。

 誰もが圧倒され、彼を見ていた。

 怯えて尻餅をつくフォーリンに、デュナミスはそっと囁きかける。



 そこの言葉は、魔力さえ宿しているかのようで。

 あれほど偉そうだったフォーリンは、がくがくと頷いた。

 ヴェルゼを止めるのはデュナミスだ。しかしデュナミスを止められるのは何処にもいない。何故なら彼は死者、恐れるものなど何もないから。

 デュナミスは冷酷な表情を解き、いつもの笑顔を浮かべて言った。

「はい、撃退完了っと。あ、見せ場奪っちゃった? ごめんねぇ」

「……あんた、強いな」

 フェンドリーゼが笑っていた。

「これでもう兄貴もあんたらに手出しは出来まい。俺の役割は終わったな」

 ふわり、彼の周囲で風が吹く。

 最後に、と彼は空を見上げた。風が吹く。それは次第に勢いを増して、アリアたちを包み込んでいく。一体何が起こるのかと不安げなアリアたちに、彼は言った。

「迷惑料。今からあんたたちを風の魔法でリノールまで運んでいく。亡霊さんは実体化してないと置いてかれるから要注意な。『風神の申し子』なんて呼ばれた俺の実力、見せてやるよ。兄貴なんて余裕で撃退できたんだけどなぁ」

 風はどんどん強くなっていく。やがて。

「わぁっ、飛んだ!」

 アリアは驚きの声を上げた。

 アリアたちの身体が、ふわりと浮きあがっていた。

 一人大地に残っているフェンドリーゼが声を投げた。

「またな、頼まれ屋御一行。結構楽しかったぜ? では御機嫌よう!」

 フェンドリーゼが遠ざかる。アリアたちは空を飛ぶ。

 全てが小さく見えた。空の旅なんて生まれて初めてだし、これから先もあるかはわからない。アリアは景色を思う存分楽しもうと思った。

 その隣で。

「…………」

「ヴェルゼさん、大丈夫ですか?」

 一人、ヴェルゼが顔を青くしていた。

 彼は絞り出すような声で言う。

「地面を見ていると眩暈がする……」

 その日、ヴェルゼの高所恐怖症が判明した。

「ソーティアは……平気なのか?」

 はい、と彼女は大きく頷いた。

「イデュールの里があった場所が高山なんです。だから高いところから見下ろす景色は見慣れているんですよ。でも空を飛ぶなんて、流石に初めてですが……」

 実体化したデュナミスも平気そうである。

 悔しそうに、ヴェルゼは歯噛みした。


  ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る