6-5 あの子がいないと駄目なのに

 ギャレットに案内され、他の王宮魔導士たちに会う。その後ギャレットは用事があるとかでいなくなってしまった。居合わせた面々に恐る恐る名乗ると、皆優しげな表情で迎えてくれた。

「ようこそアリアさん。あの王子様に強引に連れてこられたのねぇ……。でも私たちはあなたを酷いようには扱わないわ。ここが新しい居場所になればいいわね」

 穏やかな微笑みを見せたのはローリア・フェイツ。流れるような紫の長髪に青い瞳をした女性だった。よろしくお願いしますと小さくアリアは言う。

 ローリアが説明を始めた。

「私たち王宮魔導士は、第一王子の抱える直属部隊。王子の命令に従って様々な仕事をこなすわ。あなたの頼まれ屋と少し似ているかしら? 依頼主が第一王子限定の何でも屋なの」

 あなたの力は大変助かるわと彼女は言う。

「十人十色な王宮魔導士だけれど、その時その場に必要な人がいないこともあるから……。でもあなたは一人で全てまかなえる。目を付けられるのも当然よね」

 つけられたくなかったのに、とアリアは心の中でこぼした。

 力を持っていたせいでこんな目に遭ったのならば、力なんて要らなかった。

 アリアの想いをよそに、ローリアは説明を続けていく。

「今王子から頼まれているのは、この国に時折侵略してくる小さな部隊の撃退。あなたがここに慣れたのならば、いずれ現場にも連れて行くわ。まずはあなたの実力を見極めないとね。さて、質問はあるかしら?」

 ないです、とアリアは首を振る。

 何も考えが浮かばなかったのだ。

 では、と彼女が言った。

「今はまだ日が高い……。あなたの実力を見てみたいの。だからちょっとついてきてくれないかしら?」

 はい、とアリアは頷いた。

 案内されるままに、魔法の訓練場にたどり着く。


  ◇


「あなたの戦い方を見てみたい。今から何体か魔法生物を呼び出すわ。そいつらと戦って頂戴」

 アリアは頷いた。隣にヴェルゼはいない。でもやらなければならない。

 最初に現れたのは、いつかのナグィルだった。いつかシドラに嵌められて、ヴェルゼを襲った毒持つ爬虫類。ヴェルゼとの日々が頭の中に蘇ってきてくらくらしたが、何とか集中してみせる。

「……とりあえず燃やしてみようかしら。燃え盛れ、山に咲く炎の華よ!」

 何も考えずに炎魔法をぶっぱなす。あの時ナグィルを倒したのはどんな魔法だったっけ、なんて考えもしないまま。

 だがナグィルの鱗は炎なんて簡単にはじく。一切ダメージを受けない様子で、ナグィルはゆっくりとアリアに迫った。

 ローリアが声を掛けた。

「ナグィルに炎は効かないわ! 相性をよく考えて! 全属性使いなんだから他の属性を使ってみたらどうかしら?」

「……はい」

 頷き魔力を集めるけれど、

 口にしたのは炎の魔法。

「燃えちゃえ! 太陽の中にある熱き炎!」

「だから、炎は効かないの! 違う属性で戦いなさい!」

 言われても、言われても。反射的に放つ炎の魔法、得意な魔法。

 駄目だ、とアリアは思う。ヴェルゼが隣にいないと駄目なんだ。いつも冷静なあの子が隣で指示を出してくれるからこそ、安心して戦えるのに。今ヴェルゼはいなくて、きっとどこかに囚われていて。

「風魔法を使いなさい、アリア・ティレイト!」

 迫るナグィル。ローリアが叫ぶけれど、放ったのは炎魔法。弾かれ、もうナグィルの爪は目の前だ。死にたくはないけれど、無効化される炎の魔法素マナしか紡ぐ気力などなくて。

 死を覚悟した、その時。

「――烈風よ!」

 ローリアの声。彼女の生み出した風がナグィルの鱗を切り裂き、あっという間に絶命させた。

 呆然と突っ立っているアリアにローリアが近づき、指を突き付けた。

「あなた! 全属性使いでしょう! なぜ炎魔法しか使わないの!」

「……使えない」

 絞り出すようにアリアは言った。

 声は叫びに変わる。

「使えるわけがないじゃない! あたしは! これまでずっと、ヴェルゼと一緒だったの! ヴェルゼがいたから安心して魔法を使えたの! あたしって馬鹿だから属性の相性なんて分かんない! ヴェルゼが教えてくれたから、こうすればいいんだって教えてくれたから、あたしは戦えたんだってば!」

 伝い落ちた、涙。

 激情が彼女の中で荒れ狂う。

「あたしとヴェルゼは二人で一人の頼まれ屋アリアなの! なのにこうやって引き離されて! それで普通に戦えると思うわけ!? あたしはあの子がいないと駄目なのよ! それで戦えなんて無理よ!」

 二人で一人の頼まれ屋アリア。辛いことや苦しいことがあった時でも、二人一緒だったから乗り越えられた。ソーティアやデュナミスの助けだってあった。一人きりだったらきっと、もっと早くに死んでいた。


 いくら才能があったって、

 それを活かしてくれる最高のパートナーがいなければ、

 アリアはただの弱小炎使いにしか過ぎないのだ。


 号泣するアリア。それを見ながらもローリアは静かに言った。

「……それでも、戦わねばなりません。それが私たち王宮魔導士なのですよ、アリアさん」

 私はあなたの気持ちが分からないけれど、と彼女は言う。

「甘えたことは言っていられないのです。それを心に刻みなさい」


  ◇


 愛する人と引き離されて、まともに戦えるわけがない。

 アリアの存在は一時期期待の新人王宮魔導士として話題に上ったが、やがて彼女の話すらされなくなった。

 いくら周りがけしかけても、いくら死の危険を味わわせようとも。アリアは弱い炎魔法しか使うことはなかった。それくらいならそこらの炎使いをつかまえた方が幾分かマシというものである。

 そんなある日のことだった。周りから馬鹿にされ、落ち込んでまたその日を終えて、あてがわれた部屋で眠っていたアリアの元に、

 風が吹いた。


  ◇

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