6-4 暗雲は垂れこめて

 アリアたちは、王子の用意した立派な馬車に乗せられた。もちろん、アリアはヴェルゼたちとは引き離され、王子たちと一緒にいる。どうしても話す気にはなれなくて、アリアは終始無言だった。

 馬車に揺られながらも、これは勧誘ではなく連行だ、とアリアは思う。

 大切な人たちを人質に取られて。これの何処が勧誘なのだ。

 ヴェルゼはきっと、自分の意志を貫き通せと言うだろう。けれど大切な人たちを犠牲にしてまで、貫き通したい意志などない。彼らを失って立ち直れるほど、アリアの心は強くない。

 だから、決意する。覚悟を固める。

 この先、王宮魔導士としてどんなことをやらされたって、やり抜いてみせると。ヴェルゼたちが生きているのならばそれでいいと。

 その想いを、まんまと利用されたわけだけれども。

(権力は、嫌いだ)

 アリアは思う。

 その権力を悪用し、こういったことをする人がいる。その事実をアリアは心に強く刻んだ。ましてや今回の相手はこの国では二番目に強い権力を持つ第一王子なのである。

 憂鬱な馬車旅は続いていく。


  ◇


 やがてたどり着いた花の王都。しかし今のアリアには、その全てが灰色に見える。これからの日々、希望なんて持てない。これからどうなるのだろうという不安だけがあった。

 馬車は王都の中を進んでいく。流れる景色は、これまで何度か来たことのある場所。しかしやがて、見覚えのない場所になっていく。選ばれし者しか入れない区画にやってくる。

 それが、こんな時でなかったらきっと楽しめただろうに。

 そして馬車はついに城へ着く。立派にそびえる巨大な城は、このアンディルーヴ魔導王国の繁栄の証。

「ようこそ、新人王宮魔導士アリア・ティレイト。ここがぼくの王宮だ」

 誇らしげに王子は胸を張るけれど、そんな気分ではない。

 ヴェルゼら人質を乗せた馬車は、さらに奥へ進んでいってやがて見えなくなった。

「ここから先は私が案内致します。どうぞこちらへ」

 アリアの手を、使者の男性が取った。手を引かれ城の中に入る。王子はまだ他にやることがあったようで、逆方向に進んでいった。

 使者の男性は落ち込んだままのアリアに優しく言う。

「どうか嘆かれますな。ここでの日々も、過ごしてみたら悪くはないものだと思えるようになりますよ? 弟ぎみたちと二度と会えなくなるわけでは御座いませんし」

 改めて紹介致します、と彼は軽く一礼する。

「私は第一王子の側近にして王宮魔導士を束ねる者、ギャレット・サヴィア。得意魔法は水属性。あなた様の上司になります。これからどうぞ、お見知りおきを」

「……あたしはアリア・ティレイト。全属性魔法使いで、得意属性は炎」

「よろしくお願い致しますね」

 差し出された手を、唇をかみしめたままアリアは取った。


  ◇


「ここがあなたたちの住処です」

 ヴェルゼたちが通されたのは一つの部屋。それは立派な部屋だったけれど、部屋の入り口には外からかけられる鍵が付いている。人質がここから出られないようにするためなのだろう、窓だってついていない。

「部屋こそ豪華だが、まるで牢獄だな」

 ヴェルゼが鼻を鳴らした。彼らをここに連れてきた屈強な男はそのまま聞き流す。

「何かありましたら部屋のベルを鳴らして下さい。お手洗いは部屋の奥に御座います。食事は空間転移魔法で運びます」

「運動は?」

「見張りつきでなら。ただし、逃げようとした場合は命はありません。王宮魔導士を甘く見ないことです」

 フン、と再度ヴェルゼは鼻を鳴らした。

 それではごゆっくり、と男は去っていく。鍵の掛けられる音、続いて何かを唱える声。この部屋は鍵と魔法とで、二重の施錠がされているらしい。

 困ったことになりましたね、とソーティアが難しい顔をする。

 二人は一緒の部屋だったが、それぞれのベッドの距離はかなり空いておりカーテンもつけられていた。

 そうだねぇとデュナミスが頷く。

「この部屋、特殊な障壁が張られているようで亡霊の僕でもすり抜けられないし。嫌になっちゃうなぁ」

「逃げ出すことは基本的に不可能、逃げ出したとしたら命の保証は出来ないし姉貴に迷惑が掛かる、か。だから権力は嫌いなんだよふざけんな」

 ヴェルゼは怒りをあらわにした。

 ここに送られる途中、武器は全て没収された。鎌もナイフも失っては、ヴェルゼお得意の自傷から成る血の魔術も発動できない。亡霊が通り抜けられないということは、死者を集めて死霊術を使うことも出来ない。完全にお手上げだった。

 幸い、本だけは部屋の中に大量にあるので退屈することはなさそうだったが、それにしてもである。

「これは不当だ。王宮の中に、まだまともな奴がいてオレたちを解放してくれることを願うしかない」

「でも……何も行動出来ないのは歯がゆいですね」

「仕方ないだろクソッ!」

 ヴェルゼはばん、と壁を殴った。痛いだけで何かが変わるわけでもない。

 頼まれ屋なんて始めなければ良かったのだろうか、とぼんやりと思った。


  ◇

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