6-3 悪辣の王子

 翌日。いつもよりも緊張してカウンターの前に立つ。アリアの隣には寄り添うようにヴェルゼが立っていて、その後ろには見守るようにデュナミスが浮いている。イデュールの民は差別されかねないので、ソーティアは白いフードを目深にかぶって店の奥に待機していた。

 そして。

 カランコロン、ドアベルが鳴る。音を立てて扉が開く。

「こんにちは、アリア様……と頼まれ屋一同様。返事は決まりましたでしょうか?」

 昨日と同じ男性が、丁寧な口調で訊ねてくる。

 ええ、とアリアは頷いた。

「色々、考えたの。店のみんなで話し合ったわ。それで、出した結論は……」

 勇気を出せと心が叫ぶ。ヴェルゼの手が、安心しろとでも言うかのようにそっとアリアに触れた。

 アリアは、言う。

「お受け出来ません」

 はっきりと。

「あたしたちは権力なんて望んでないの。ただこの小さな町で、穏やかに暮らしていたいだけなのよ。借金は自分で返す。だから」

「……それは残念ですね」

 アリアの返答を聞いて、男は慇懃に頷いた。後ろを振り返り誰かを呼ぶ。

「……だ、そうですよ殿下。どうなさいますか?」

「ぼくが直々に出てこよう」

 凛、とした声が響き渡る。男がすっとよけた先には、一人の青年が立っていた。

 太陽のごとく美しい金の髪、赤玉石ルビーのごとく燃える瞳。身に纏う威厳は王のそれで。

 まさか、とアリアは思った。

 使者の男性は彼を「殿下」と呼んだ。その意味は。

「初めましてだな、アリア・ティレイト」

 青年は、名乗る。

「ぼくはフォーリン・アンディルーヴ、この国の第一王子だ。拒否されることを見込んだうえで、わざわざここに来た」

 改めてお願いしよう、と彼は言う。アリアは凍り付いたまま、動くことが出来なかった。

「全属性使いアリア・ティレイト――王宮魔導士になる気は、ないか?」

 発せられる威厳。思わず「はい」と答えてしまいそうになる。

 アリアの口が無意識の内に動き出そうとしたときだった。

「駄目だ」

 鋭い声が、アリアを現実に引き戻した。

 ヴェルゼが、アリアを守るように立っていた。黒い瞳に浮かぶのは警戒。

「姉貴、相手に気圧されるなよ? いくら相手が王子だからって、それで自分の意志を曲げるのか? 自分が正しいと思う道を進め」

「……不敬な」

 ヴェルゼの言葉に眉をひそめた王子が、つかつかとカウンターに近づいていく。警戒心を強めるヴェルゼ。王子はそのままヴェルゼに近づいていき、

 その頬をぶっ叩いた。

「……ッ!」

「ぼくはアリア・ティレイトに頼んでいるのだ。口をはさむな!」

「……王子だからって、好き勝手してくれるじゃないか」

 ヴェルゼの顔に、冷たい怒りが浮かぶ。

 ヴェルゼは静かに切れていた。その手が背負った鎌に伸びるのを見て、アリアは慌てて止めた。

「駄目よ駄目! 相手は王子様なのよヴェルゼ!」

「……フン」

 鼻を鳴らし、舌打ちをしてヴェルゼは伸ばした手を引っ込めた。その目に浮かぶのは明確な敵意。

 一度深呼吸して、アリアは答える。

 思い出せ、と心が叫んでいた。

「弟が粗相をして申し訳ございません。けれどあたしは、王宮魔導士になる気はありません。いくら王子様のお願いであっても、これだけは……どうかご勘弁を」

「……そうか。ならばこれならどうかな?」

 言って、王子が手で何かのサインを送る。すると王子の背後から数人の人間が飛び出してきて、ヴェルゼの首に刃を突き付けた。店の奥から、悲鳴。引きずり出され、首元に刃を突き付けられたソーティアが泣きそうな顔でアリアを見ていた。

 冷たい口調で王子は言う。

「彼らを殺されたくなければ、王宮魔導士になるんだなアリア・ティレイト」

 ヴェルゼたちを人質に取られているから、亡霊のデュナミスも迂闊には動き出せない。ヴェルゼとソーティア。どちらかを助けたらどちからかが犠牲になるのは明白だ。

「……卑怯な王子様」

 アリアは唇を噛んだ。

 大切な人を人質にされてしまったのならば、選択肢は一つだけ。

 アリアは平和な生活を望んではいるけれど、それは大切な人たちが在ってこそ。彼らがいない頼まれ屋アリアなんて、アリアの居場所ではない。

「わかったわ。王宮魔導士になります。でも代わりに、弟たちを解放して!」

「断る」

 冷たく王子は言い放つ。

「彼らには人質としての役目があるのだからな、ついてきてもらう。さてさて、王宮へようこそだアリア・ティレイト。歓迎しよう!」

 半ば引っ立てられるようにして、アリアたちは店を出ていくのだった。


  ◇

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