6-2 いつものあたしで
◇
「おい姉貴」
店の奥からヴェルゼが出てきた。
「アリアさん……」
「とんでもない人が来ちゃったねぇ」
その後ろからぞろぞろと、心配げなソーティア、飄々とした態度を崩さないデュナミスが現れる。
ヴェルゼが問うた。
「で? 姉貴は王宮魔導士になるのかならないのか?」
「いきなり言われたって……それに考える時間が少なすぎてあたし、どうすればいいのかわかんない」
王子の使者。迂闊な断り方をすれば、国に反逆していると取られてもおかしくはない。王宮魔導士にしてくれるという申し出は確かに魅力的だ。しかし。
姉貴は、とヴェルゼがアリアに近づいていく。黒い瞳が真っ直ぐに、赤い瞳を覗き込んだ。
「本当は、どうしたいんだ。権力とか圧力とかそういうのは抜きにして。姉貴は王宮魔導士になりたいのか?」
「……ううん」
アリアは首を振る。
「あたしはさ、この小さなリノールの町で、いつも通り穏やかな日々を送れていればそれでいいの。地位とか権力とか要らないわ。借金? そんなの自力で返してやるんだから。あたしはただ、穏やかな日々を送っていたいだけなのよ」
「なら受ける必要はない。心を捻じ曲げてまで就いた地位では長続きしないだろう」
それに、とデュナミスが割り込んだ。
「あの口ぶりだとさ、王宮が欲しがっているのはアリアだけみたいだよねぇ。じゃあヴェルゼも僕らも一緒には行かれない。もしもアリアが王宮魔導士になったとしたら、僕らとは離れ離れになってしまうね」
「それは嫌!」
アリアは叫んだ。
これまで、たくさんの逆境があった。どうにもならないかも、と思った出来事もあった。それら全て、みんながいたからこそ乗り越えられた。アリアは弱い、だからこそ。一人では生きていけないのだ。ましてや王宮などという冷たそうなところなんて、ヴェルゼの冷静さがなければ生き延びられないのではないか。そのヴェルゼだって熱くなりすぎて周りを見失うこともあるのだし。
みんな一緒だからこその頼まれ屋アリアだ。
アリアにはみんなが必要なのだ。
「ならさ、アリア。嫌なら嫌だってはっきり言いな? 心を殺してまで権力の言いなりになる必要はないさ」
デュナミスが冷たい気配を身に纏う。
「……最悪、僕が奴らを消し飛ばしてあげることも出来る。僕は死んでるけど、死ぬ前は天才死霊術師だったんだしまだ多少は力が残ってる。そして僕が反逆者になったって、そもそも死んでるんだから影響はないだろうし」
穏やかな声に秘められたのは、覚悟。
その灰色の瞳が本気を宿す。
面倒なことになりましたね、とソーティアが目を伏せた。
「このまま何事もなければ良いのですが……。わたしも権力は好きではないです。わたしの住んでいたイデュールの里は、権力者たちに滅ぼされたので」
「とりあえず。姉貴は自分の道を行け。恐れるな、怯えるな。また使者が来たっていつも通りの姉貴でいろ、いいな?」
ヴェルゼの力強い言葉に、うん、とアリアは頷いた。
それでも不安は消えなかった。
相手からの頼みを断った先、もしもひどい目に遭ったとしたら? だって相手は王宮なのだ、この国最大の権力者なのだ。何が起こるかわかったものではない。
それでも、
思い出せ、と声がするから。
不安を恐怖を呑み込んで、アリアは無理して笑顔を浮かべた。
◇
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