第六の依頼 権力色の暴力 ――9月
6-1 序 波乱の予感
【権力色の暴力】
不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
看板には、そんな文言が書かれている。
◇
アンディルーヴ魔導王国、やや田舎の町リノール。
そこにある頼まれ屋アリアの噂は、いつしか国中に広がっていった。
「伝説の魔導士からの依頼をこなしたそうだ」「災厄を未然に防いだそうだ」そんな噂が王都でも流れるようになり、ある日のこと。
カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアでの一日が始まる。
「はーい、ただいま!」
その時は偶然店の奥の方にいたアリアがぱたぱたと駆けてきて、カウンターの前にやってきた。訪れた客を見て目をぱちくりする。赤い瞳に浮かんだのは警戒の色。
「初めまして、アリア様。私、こういった者なのですが」
やってきた客はとてもきちんとした身なりの男性で、彼はアリアに身分証のようなものを見せてきた。そこに書いてあったのは、
「……フォーリン第一王子直属、ですって?」
「ええ、そうです。私は王子の命令を受け、ここに参ったのです。この店に依頼をしたいと王子が」
礼儀正しく男が答えた。
待ってよ、とアリアは頭を抱える。
有名になったということは、依頼が増えるということ。依頼が増えれば負担が増えるが、背負った借金は返しやすくなる。先のイルシアのような裕福な人間からの依頼を受ければ、その分もらえる報酬は増える。だがしかし。
相手は、王子の使者である。この国アンディルーヴ魔導王国の、次期王位継承者とみなされている王子の使者である。もしも受けるにしたってその責任はあまりに重大で。失敗したらという可能性を考えると、安易に承諾できるようなものではない。
「待って、待って、ちょっと待ってよ。王子様? ただの一般人のあたしに何故? どんな依頼よ何なのよ……」
「あなた様は類稀なる全属性使い。それゆえにあの方はあなたを、と」
困り果てるアリアに、男が静かに言う。
「端的に申します。王子はあなたを王宮魔導士にすることを望んでおります」
王宮魔導士。それはアンディルーヴ魔導王国の中では誰もが憧れる職業。
魔法至上主義を掲げるこの国にとって、王宮魔導士になるということは輝かしい未来を約束されたも同然だ。努力したって、王宮魔導士になれるのはほんの一握りの人間だけだ。そんな輝かしい申し出を蹴る人間なんて、このアンディルーヴ魔導王国にいようはずがない。
ただ、アリアの理性が「待って」と叫ぶ。ここに店を構えた理由を思い出せ。王宮魔導士にスカウトされるためじゃない。多額の借金を背負ったのは人助けのためであって、魔法を使うのは誰かを助けるためであって。確かに、王宮魔導士になれば借金なんてその給料で返せるだろうし魅力はあるのだが……。
思い出せ。
自分は、出世するために今、ここにいるんじゃない。
「……流石に急すぎましたよね」
ぺこりと男性は礼をする。
「王子も即日中に返事が欲しいとはおっしゃりませんでしたし……一晩だけ時間を差し上げます。明日また参りますので、その時までに結論を出しておいてください。――良い結果を、お待ちしておりますよ?」
ふふふと口元に笑みを浮かべ、では失礼と男性は去っていく。
悩むアリアだけが残された。
◇
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