Aー9 終 「お前と」「君と」一緒なら!

――『面白い。ならばその狂った運命、一度だけ捻じ曲げてみせよう』


 聞いたことのない声。それは低い、男性の声。

 刹那。

 光が、あふれた。死霊は反射的に目を庇う。

 次の瞬間、ヴェルゼは見る。自分の隣に、淡く透き通ったデュナミスがいるのを。

 嘘だと思った。奇跡なんか起きないと、ヴェルゼは良く知っていた。

 それなのに。

「……ただいま、ヴェルゼ。何を呆けてんだい。一緒にあいつを倒すんじゃないのかい」

 透き通ったデュナミスは、笑っていた。

 理解する。そのまま冥界へ行くだけだったはずのデュナミスの魂が、奇跡のような何かによって現実に繋ぎとめられたのだと。あの不思議な声が、奇跡を起こしたのだろうと。

 同時に感じる。デュナミスの強い力と、温かい魔力を。身体は死んでも、彼は今隣にいる!

 今なら行ける、と確信した。

「デュナミス!」

 名を呼べば。

「ヴェルゼ、僕はここにいる」

 悪戯っぽくデュナミスは笑う。

「やれるか」

 問えば。

「ヴェルゼと一緒なら」

 強い信頼を声ににじませ、デュナミスは透けた手を伸ばす。

 その手を握っても、すり抜けてしまうだけ。だがデュナミスの力は、彼が亡霊となっても確かにそこにあって。

 死霊がヴェルゼたちを見た。口元に浮かぶのは無邪気な笑み。幼くして死んだ神童は、それゆえに残酷で凶悪な爪痕を残す。

 ヴェルゼは胸元の笛に手を触れた。いつだって身につけている、エルナスの笛だ。ヴェルゼの故郷に通じる笛だ。ヴェルゼは相手を漆黒の瞳で見据えながら、素早く一曲奏でた。

 一陣の風が吹くような刹那、流れたのは幼い子供に聞かせる子守唄。

 ヴェルゼは死者を葬り、弔う役目だってある。これは彼なりの手向けのつもりだった。

 低く呟く。

「眠れぬ魂よ……安らかに眠れッ! さぁ、行くぞデュナミス! 弔いの時間だ!」

「そうだねヴェルゼ。そして僕は、死んでいったみんなも弔わなくちゃ……」

 デュナミスの声を隣に受け、二人で叫ぶ。


「お前と」「君と」

「「一緒なら、負けない!」」


 跳躍。握った鎌に魂を込める。さっきは届かなかった。デュナミスだけでは届かなかった。けれど今はもう、一人だけの力じゃない。二人で力を合わせれば、打ち倒せない敵ではない!

 斬撃。刃はあやまたず、ソレの右腕を切り落とす。絶叫。痛みに咆哮を上げる死霊。反撃。残された左腕が迫りくる。前転。前に転がって回避。相手は巨大だが、動きは単純だ。見切れぬヴェルゼではないのだ。

 冷静に判断。敵を確実に葬り去るためにはどうすればいいのか。鎌を握り直して相手を睨む。自傷による傷はとりあえずは塞がったが、鈍い痛みを発している。大丈夫だよとデュナミスが寄り添った。そうだ、デュナミスがいるのならば。

「ヴェルゼ、僕は死んでしまったけれど。でも君が代わりに、僕の無念を晴らして」

 囁くようなデュナミスに頷く。

 そして再び、

 跳躍。

 自分の足元を薙ぎ払うように飛んできた左腕をかわし、さらに高くへ。実体のない相手に触れることは出来ないから、腕を踏んで更なる高みへ行くことは出来ない。だが、ヴェルゼの鎌ならば相手に触れられる。再度、跳躍。ヴェルゼは鎌を下に構え、それで相手の腕を押して反作用でさらに跳ぶ。その目の前には相手の首があった。届く、届く、今ならば届く。


「迷い惑う幼子よ――眠れッ!」

「僕の災厄よ――消え去れッ!」


 絶叫。同時に放たれるのは二人分の声と。裂帛の気合。斬撃。想いを込めて振るわれた大鎌は、相手の首を切り裂いた。どう考えても致命傷だ。退避。ヴェルゼは身体を丸めて衝撃を逃がし、それでも油断なく相手を見据える。

 揺れる。圧倒的な力でこちらをねじ伏せていた相手の身体。ぐらり、ゆらり、頼りなく。何も知らない無垢な瞳が、悲痛な輝きを帯びる。

 無知ゆえに、無垢ゆえに多大な災いをもたらしたソレは、最後の最後にこう言った。

『――いたいよ ねぇ どうして』

「それは、何も知らないままでお前に殺された人々が言いたかった言葉だよ」

 大きく息をつき、相手の言葉にヴェルゼは返す。

 返しの言葉が聞こえたかどうか。致命傷を負った死霊は、光に溶けて消えていく。

 ヴェルゼは大地に膝をついた。もうこれ以上、立っていられるほどの気力はなかった。

「終わった……な……」

 大の字になって呟くと、終わったねと透き通ったデュナミスが返す。

「僕は死んでしまったけれど。君のお陰で旅の目的を果たせた。あいつを倒してくれてありがとう、ヴェルゼ。君がいなかったら僕はきっと……」

「それは……オレの台詞だデュナミス。一人だけでは……オレはきっと死んでいた……」

 偶然出会った二人の死霊術師。何の因果か運命か、出会いは奇跡を引き寄せた。

 そして。

「お前は死んだが……結局……二人で頼まれ屋に……帰れるのか」

 ヴェルゼは呟く。

 思い描いた未来。二人で頼まれ屋に帰りつくこと。それはどうやら現実になりそうである。デュナミスは死んで霊となってしまったけれど、奇跡の結果か、冥界には行かず地上界に留まっている。

 目を輝かせてデュナミスは言った。

「僕さ、アリアって人に会ってみたいよ。ヴェルゼがあんなに話していた人なんだし、気になるねぇ」

「それよりもまず……助けを呼んでくれ。一人では……動けそうに、ないんだ」

「了解」

 ヴェルゼの頼みに応じて動こうとするデュナミス。だが、騒ぎを聞きつけたのか人々が集まりつつあった。その必要はなさそうだねとデュナミスは笑った。


  ◇


 町の人々に事情を話したヴェルゼは数日後、亡霊となったデュナミスを伴って頼まれ屋アリアへと戻る。戻る前にエルナスの笛で笛言葉を奏で、自分は無事だとアリアに伝えた。あの心配性な姉のことだ、こういった連絡は頻繁にしなければ心労でぶっ倒れかねない。

 それから一週間。ヴェルゼはようやく、久しぶりの我が家の扉を叩いた。

 カランコロン、ドアベルが鳴る。扉を開ければ、奥のカウンターでアリアがお客様用の笑顔を浮かべていることだろう。

「はーい、ようこそ頼まれ屋アリアへ……ってヴェルゼ!?」

 いつも通りの声が、動揺を示す。ただいま、とヴェルゼは返した。

「ようやく依頼完了だ。紆余曲折あったが問題ない。それよりも姉貴、頼まれ屋アリアの新しいメンバーだ」

 ヴェルゼの振り返った先、いたのは灰色の亡霊。

 デュナミスが笑みを浮かべた。

「初めまして、ヴェルゼの姉さん。僕はデュナミス。デュナミス・アルカイオンだよ。これからよろしくねぇ」

「……へ?」

 亡霊を見て、アリアは驚きで固まった。

 数瞬後、とんでもない悲鳴が響き渡る。

「え? え……えええぇぇぇぇぇええええええええ!?」

 彼女がデュナミスに馴染むのは、それからしばらくした後の話。


  ◇


「……そんな話があったよな」

「あったねぇ」

 頼まれ屋の昼下がり。ヴェルゼと、すっかり馴染んだデュナミスは穏やかに談笑していた。ヴェルゼは追想する。一年前、死霊を追走していた頃のことを。

「なぁデュナミス。あの時、オレたちを助けてくれた声は結局何なのだろうな?」

 ヴェルゼの問いに、さぁねとデュナミスが返す。

「神様の仕業なんじゃないの? 気紛れに人間と関わる神様だっているよねぇ」

「そうだな……」

 ヴェルゼは頷き、そっと目を閉じる。

 閉じた目の向こうでは、目的を果たしたデュナミスの、輝かしい笑顔があった。


【死霊ツイソウ譚 完】

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