Aー7 黄昏には膝を折らない

 ペナンの町へ向かう。そこで追い掛けている死霊と出会えることを期待して。

 デュナミスは左足に随分大きな怪我をしていたようで、動きが遅かった。デュナミスに合わせていたらきっと、先回りしてペナンに着くことは出来ないだろう。

「……ッ、足手纏いになって、ごめん」

 申し訳なさそうなデュナミスに、気にするなとヴェルゼは返す。

「鎌を預かってくれるなら、お前を背負って進むことも出来るが?」

「それは流石に申し訳ないけれど……言っていられる状況じゃあないか。ごめん、お願い」

 済まなそうなデュナミスに気にするなと返し、デュナミスに鎌を預けてから背負う。

 ヴェルゼは男子にしては華奢な方でそこまでの力はない。だが背負ったデュナミスは軽く、さして気になるほどではなかった。ヴェルゼはデュナミスを背負ってそのまま進む。

 ペナンの町を目指しながら、二人で色々と話をした。ヴェルゼは姉のこと、頼まれ屋アリアのことを話した。デュナミスはそれを聞きながら、優しい顔をしていた。

「いいなぁ。そんなに優しい姉さんがいるんだ。僕さ……あまり愛されなかったから。羨ましいんだよね」

「ただのお節介なだけの姉貴だがな? デュナミスは……どうなんだ。ああ、言いたくないなら言わなくて結構」

「僕はね……」

 デュナミスは語る。どうやら自分は本当はアルカイオンの家の子ではないらしいこと。子供が出来なくて悩んでいた父が家の前に捨てられていた自分を拾い、アルカイオンの当主として育てたこと。けれど妹が生まれてからは、愛情を向けられなくなったこと。

「僕の使う死霊術を、みんなみんな気味悪がってた。誰も僕の本当の姿を見ようとはしなかった。だから、さ……僕は、君みたいな死霊術師に出会えて嬉しいんだ。君ならさ、僕を怖がらないでしょ? 君ならさ、死霊術のことわかるでしょ?」

 ああ、とヴェルゼは頷く。

「そうだな……。ああ、わかる。日々自分に近づいてくる黄昏の主の幻影のことも、身近に感じる死の予感も。オレの場合は姉貴が、そんな力を使うオレを肯定してくれていた。だが、お前は……」

「否定の言葉しか、貰ったことはなかったんだよ」

 デュナミスは明るく笑う。口にしている言葉は悲しいものなのに。

 デュナミスは明るく笑う。まるで、そうすることで他の感情を封じ込めているかのように。

 ヴェルゼは問うた。

「なぁお前。件の死霊を倒したらどうするつもりだ?」

「どうって……」

 デュナミスは虚を衝かれたような顔をした。

 やがて、いつもの笑みを顔に浮かべた。

「死ぬよ。だって黄昏の主はもう目の前だもの。何かする前に、死ぬよ? でも、もしも生き残ったとしても、あちらに帰るわけにはいかない。ああ、何処にも居場所なんてないのさ」

 ならば、とヴェルゼは提案する。

 彼となら、一緒にいたっていいと思った。

「なら……頼まれ屋アリアに、来てみないか?」

「え……?」

 デュナミスは再び、虚を衝かれたような顔をした。

 その顔が、本当の笑顔を浮かべる。

「いいのかい? 僕さ、足はこんなだしあまりお役に立てないかもしれないよ?」

「立てなくてもいい。居場所がないんだろ? 受け入れてやる。姉貴はお人好しだから、絶対にお前を受け入れるだろうし。過ごした時間は短いが……」

 オレはお前と一緒の時間が楽しいんだ、と本心を述べる。

 ヴェルゼは常に本心を隠す。それは自分を守るため。

 だが、デュナミスにだけは、初めて出会えた不思議な同業者にだけは、明かしたっていいと思った。

 デュナミスは嬉しそうに頷いた。

「……そうかい。ありがとね」

「だから生きろ。黄昏の主になんか屈するな。お前にはまだ先の人生があるだろう」

「うん……そうだね」

 笑うデュナミス。

「ならば、改めて。これからもよろしくね?」

 死霊を追う旅の中、二人の絆は深まっていく。

 決戦の時は間近にあった。


  ◇

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