Aー6 魂の灯火《ウィスプ・リュウール》

 ペナンの町に向かう途中、出会ったのは謎の人々。

 道は左右をちょっとした崖に挟まれており、背後しか逃げ場はない。彼らは、その進行方向を塞ぐようにして立っていた。

 ヴェルゼは油断なく問いかける。

「……何の用だ?」

 すると、一団の先頭にいたいかつい男が声を上げた。

「おいそこのガキ! この先へ行きたいのなら、持ち物全て置いていけ! 強引に通ろうとするのならば命はない!」

「物盗りか……ったく」

 ヴェルゼは冷めた目で相手を見る。

 後ろのデュナミスを振り返った。

「おい。お前は後方で戦う方が得意か?」

 ああ、とデュナミスが頷いた。

「僕は前衛は出来ないね」

「了解。ならば後方支援は任せたぜ」

 ニッと笑って、背負った鎌を抜く。

 盗人風情に従う理由などなかったし、ヴェルゼには自信があった。

 ヴェルゼ・ティレイト。歳はまだ十四歳。だが積んできた経験は、普通の十四歳のそれではない。

 友と思った人物に裏切られ、絶望の底に叩き落されながらも這い上がり、頼まれ屋の一員として依頼をこなす傍ら、死霊術師としての“裏”の依頼もこなしてきた。のしかかってきた運命が、彼が子供であることを許さなかった。

「強引に通らせてもらうぜ盗人さん? ガキだからって舐めてもらっちゃあ困るんだよ」

 抜いた鎌を構えた。

 ヴェルゼの背後、圧倒的な力が高まっていくのを感じた。やはりデュナミスの力はヴェルゼのそれを上回る。そんなデュナミスを越えてやりたいと強く思う。もしも越えられたのならば、新しい境地にたどり着けるような気がして。

 ヴェルゼとデュナミスの視線が、交錯して笑い合った。

 前衛のヴェルゼと後衛のデュナミス。共闘するのは初めてだが、案外良いタッグになるかも知れない。

 ヴェルゼたちの姿を見て、男は溜め息をついた。

「そうか……素直に従ってくれないか……。ガキだからもっと聞きわけがいいと思ったが違うようだな? 母ちゃんに泣きついたって知らねぇぞ!」

 相手の言葉に、ヴェルゼは淡々と答える。

「生憎と母はオレが幼い頃に死んでいるし、父はオレが生まれる前に死んだ」

「そうかよぉ。なら冥界で母ちゃんに詫びるがいい! 早く死んでごめんってなぁ!」

 男は腰に差していた剣を振り上げた。それを合図として、他の男たちも武器を抜く。戦闘が始まった。

 斬撃。先頭の男が、ヴェルゼの足を切らんと向かってくる。跳躍。最初から殺しにはくるまいと予測したヴェルゼは、軽くステップを踏んで避ける。反撃。体勢を崩した男に蹴りを喰らわせ吹っ飛ばす。今度は男が二人同時に掛かってきた。金属音。二本の剣を一本の鎌で同時に受け、手首をひねって衝撃を流す。

 道は狭い。相手の逃げ道をなくす目的でこんなところを選んだのだろうが、道の狭さに影響を受けるのは相手も同じこと。道が狭いがために、相手はまとめて攻撃してくることが出来ない。ヴェルゼの鎌は大人数相手には向いていないために好都合である。

 そうこうしている内に、術式が完成したようだ。ヴェルゼの背後で感じていた力が、一気に大きくなる。

 ちらり背後を振り返ったら、宙に浮く灰色の魔法陣から、何かを呼び出しつつあるデュナミスが見えた。

「時間稼ぎありがとう。ふふっ、出来たよヴェルゼ。さぁ流れろ流れろ魂の炎!」

 ひときわ強く、魔法陣が光り輝いて、

 爆発した。

 吹き飛んだ地面。飛んできた石が大地を叩く。

 ヴェルゼが己の身を守れたのは、相手の術式に気がついたからだ。

「……ッ、何も注意なしに魂の灯火ウィスプリュウールなんて使うなお前!」

「君だから安心して使ったんだよ。一応信頼しているからねぇ」

 文句を言うヴェルゼに、デュナミスは飄々と返す。

 灰色に輝く魔法陣。そこから無数の星が生まれ、勢いよく大地に落ちていく。流れる星は地面を穿ち、抉り、砕いた。持っている武器を砕かれた相手は腰を抜かして逃げていく。

 魂の灯火ウィスプ・リュウール。これまで捕えてきた魂を星の欠片に変換し、相手に放つという大技だ。本来、こんな盗人程度の相手に使うような簡単な魔法ではない。

 だが。

「……逃げていくな」

 ヴェルゼは呟く。

 それは高位の魔法であるがゆえに、弱い相手に対しては放っただけでも戦いを終わらせられる可能性がある。今回はそれが功を奏したようだった。

 相手に底知れぬものを感じ、ヴェルゼはデュナミスに問うた。

「なぁお前。これまでどれだけの魂を捕えてきた?」

 さあね、とデュナミスは答える。

「あの死霊を呼びだしたことによって死んだ魂を全員捕えた。リテュクスはそこそこ大きな町だったし、あと二、三回は魂の灯火ウィスプ・リュウールを放てるくらいのストックはあるよ?」

「魂を捕えるにはかなりの力が必要だが、ずっとその状態を維持したままで平気なのか?」

「体質的にね、死霊を操る分には問題ないのさ」

「ほぅ……」

 ヴェルゼの時間稼ぎは、本当に時間稼ぎにしかならなかった。

 ヴェルゼは改めて、デュナミスの強さを思い知ったのだった。

 さぁて、とデュナミスは言う。

「道も開いたし、先へ行こうか?」


  ◇

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