1-8 終 輝く少女は感謝を告げる
アンダルシャ神殿に到着し、祭壇に辿り着く。祭壇の上に封印の解けかかった例の箱を置いた。すると。
置かれた箱から光が溢れた。突如溢れ出した光に、他の参列者たちも目を白黒させてこちらを見る。
数瞬の後、その場には透明な姿が現れていた。
透けた身体、長い髪の毛。薄い衣服を身に纏う、柔らかな曲線を描く肢体。
少女だ。透けた少女が光と共にその場に現れた。
『う……ん』
彼女は大きく伸びをすると、透けた瞳でアリアたちを見た。
『あなたたちが、わたしを解放してくれたの?』
そうだ、と驚きつつもヴェルゼが返した。
「ある人に頼まれたんだ、箱をアンダルシャ神殿の祭壇まで持っていけってな。紆余曲折あったが、オレたちは依頼をこなしただけだ」
そう、と少女は頷いた。
『わたしは地上界と二重写しの世界、精霊界から来た存在。ある人に閉じ込められて、ここ以外の所で解放されると怨霊になって地上界を荒らすっていう呪いを掛けられた。呪いを解いてくれてありがとう。お陰で、わたしはわたしでいられた』
ありがとう、と彼女は笑う。
『お陰で精霊界に帰れるわ。あなたたちには感謝しているの。だから……これはちょっとしたお礼』
彼女はふわりと浮き上がり、その場でくるりと一回転した。すると優しい緑の光が現れてアリアたちを包み込み――
「……すごい。疲れが一気に消えていくわ」
「回復の術式……か?」
それはアリアたちの傷を癒した。もっとも、大した力はないらしく完全には治せていなったが、アリアたちは大分楽になったのを感じていた。
うふふと精霊の少女は笑う。
『わたしは弱い精霊の子。でも、少しでも役に立てるなら』
ちょっとは楽になったかな? と笑い、
彼女は光の中に溶けてゆき――消えた。
呆気ない終わり方だった。もっと大きな何かが起こると思っていたのに。
「……帰るか」
ヴェルゼに声を掛けられ、
「……帰るわ」
アリアも頷いた。いつもの文句を疲れた声で言う。
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しましたっ!」
死霊のデュナミスはふわりと笑うと参列者たちに礼をした。
「お騒がせしましたっと。僕らはいなくなるから、後はご自由にぃ」
◇
王都から徒歩で店へと帰る。帰り道は特に問題もなく、行きとは全く違った穏やかな空気が流れていた。
店に帰り着く。「閉店」の札は相変わらずだったが、流石に休まないとまずいと思ったのかアリアもヴェルゼもひっくり返さない。
安心できる家に着き、ヴェルゼの横でアリアが大きな息をついた。
「たっだいまー! ふぅ、やっぱり我が家って安心するわねぇ!」
「……ただいま、だ」
二人揃ってただいまを言うが、テンションは対照的だ。
ヴェルゼは手近な木の椅子を見つけると、そこに乱雑な仕草で座り込んだ。今回の戦いはきつかった、結構な疲れが溜まっている。その右腕に巻かれた包帯が痛々しい。乱雑な仕草をしたせいで傷に痛みが走り、ヴェルゼはつと顔をしかめて包帯をそっと押さえた。それをアリアが見逃すはずもなく。
「あれ? さっきしっかり処置したはずなんだけど! 痛む? どんな感じ? 大丈夫? 辛くない?」
心配げにあれこれ訊ねてくる姉に、ヴェルゼは声に呆れを混ぜて返した。
「姉貴は過保護すぎるぜ。今回よりもっとひどい怪我をしたこともあるんだからこの程度……ッ」
言い掛けて再び顔をしかめるヴェルゼを、呆れ顔でアリアは見遣る。
「まーたあんたはそうやって無理するんだからぁ!」
「ところで、姉貴……」
「なぁに?」
不思議そうな顔をしたアリア。
そんな彼女に、ヴェルゼは一つの問いをぶつけた。
「姉貴は……今回の事件の黒幕に、気づいているか?」
黒幕? と首をかしげるアリア。その顔は全く何も知らなさそうだった。
知らないなら良い、と首を振り、ヴェルゼはゆっくりと立ち上がった。何それ気になると追いすがる姉を振り切って、ヴェルゼは階段を上って自室へと向かう。
彼は、気づいていた。精霊の少女の言葉から、気づいていた。
――この事件の真の黒幕は、依頼者の青年だ。
彼が精霊を閉じ込めそれをアリアらに渡し、神殿以外で開けられることを、それで精霊が怨霊となることを狙ってあの依頼はされたのだ、と。
そうでなければ、何故青年は最初に「持ち主に幸運をもたらす」などと言ったのか? そういった言葉は「中を見てみたい」という思いを加速させる言葉だ。最初からこの箱の正体について教えていれば余計な勘繰りはしないで済むのに、あの青年は敢えてそれをしなかった。
結果、青年の目的は外れることにこそなったが――。
(次にあいつが現れたときは、大いに警戒することにしよう)
そう心に決めて、ヴェルゼは自室に帰ったのだった。
その背をアリアの声が追う。
「ご飯作ったら呼ぶからその時は降りてきなさいよね!」
「わかった」
「ヴェルゼは何が好きだったっけ? 好き嫌いとか特になかったっけ? 身体の調子が悪いならおかゆでも作ろっか?」
「大丈夫だ、任せる! ……ったく、姉貴は過保護すぎるぜ」
苦笑を洩らし、ヴェルゼは部屋の扉を閉めた。すると扉の隙間からデュナミスが部屋に侵入してきた。これもいつもの光景である。
「んー? 過保護なのはどっちなのかなぁ?」
悪戯っぽく笑うデュナミスを殴ろうとヴェルゼは拳を突き出すが、霊体のデュナミスには当たらず、その身体を通り抜けるだけ。ハァ、とヴェルゼは大きく溜め息をついた。くすくすとおかしそうにデュナミスは笑う。
「ヴェルゼはさぁ、もっと素直になった方が良いよ?」
「余計なお世話だ。……それに、姉貴ならオレの気持にも気付いているだろ」
長い付き合いに裏打ちされた、確かな絆があるから。
依頼は完了し、生活はいつも通りに戻る。
こうして一連の事件は解決したのであった。
◇
そして今日も、カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。その店の木の扉をくぐれば、赤い髪の少女が来訪者を迎えることだろう。店の奥には黒い髪の少年と灰色の亡霊が、ひっそりと読書をしているだろう。そして赤い髪の少女は言うのだろう――。
「ようこそ、頼まれ屋アリアへ!」
アンディルーヴ魔導王国に、ひとつの不思議な店がある。
『頼まれ屋アリア 開店中!
~願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ~』
店を訪れれば、きっとあなたの願いを叶えてくれる。依頼によっては蹴られることもあるだろうけれど――。
彼女らの日々はまだ続く。それぞれに様々な思いを抱え、時にすれ違うこともあるけれど。
そして彼女たちはまだ知らない。
それからしばらく。この店に、新しい仲間が来ることを――。
【依頼達成!】
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