第二の依頼 人形の行く先 ――5月

2-1 序 その依頼、専門外につき

【人形の行く先】


 不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。

 店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。

『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 看板には、そんな文言が書かれている。


  ◇


 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。

「頼まれ屋アリアへようこそ! 依頼は何かしら? お客さん」

 赤い髪に赤い瞳、赤いワンピースを身に纏った少女アリアが、やってきた客に声を掛ける。

 客はくすんだ茶色の髪に、同じ色の瞳をした男性だった。彼はアリアに、そっと何かを見せた。どうやらそれは、人形のようだった。

「魔法で動く人形です。壊れてしまったので直して頂きたく……」

「……人形?」

 アリアは難しい顔をした。

 ここ、リノールの町からやや離れたところに、イノスという町がある。そこには人形使の兄と薬草師の妹が、アリアたちと同じような何でも屋をやっているという情報があった。アリアたちはまだ二人に会ったことはないが、情報としては知っていた。

「人形は専門外よ。まぁ、やってみないことはないけど……絡繰人形館からくりにんぎょうかんに頼んだ方がいいんじゃないの? あたしより確実よ?」

「訳ありの人形ゆえ人形館には頼めない代物なのでございます。なのでそこを何とか……!」

 男は頭を下げた。

 アリアは難しい顔をする。

「……んー、わかった。とりあえず引き受けたげる。直ったら渡すから。何処に行ったらあなたにまた会えるかしら?」

 男は顔を輝かせた。

「ありがとうございますっ! あ、私は宿屋『薄暮の鴉亭』にしばらく滞在していますので、そこでウェールの名前を出して頂ければ……」

「りょーかい。ウェールさんね。じゃあ……」

 アリアはいつもの決め台詞を口にした。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」


  ◇


 渡された人形。それは金の髪に青い瞳をした、麗しい男性の人形だった。

 壊れてしまった、と言うがどこがどう壊れているのか。ひっくり返してみてもわからないし、『魔法で動く』と言われたって、仕組みがわからない以上どうしようもない。いや、仕組みがわかっていたとしても専門外なアリアに修理できるかどうか。

「……自分にできないことをわざわざ引き受けるなんて、姉貴もお人好しだよな」

 呆れた声がした。

 店の奥から現れたのは、黒髪黒眼、黒いマントを羽織った少年。アリアの弟ヴェルゼである。

 アリアは口を尖らせる。

「ふーん、だ! 魔法で動くって話だし、魔法関係ならあたしでも何とかなると思ったのよ! どこが壊れているかすらわからないなんて!」

「こういった人形は電気を流し込んで動くものが多いぜ。姉貴、弱い雷魔法を打ち込んでみろ。それで何かわかるかもしれない」

「ヴェルゼったら。お姉ちゃんのあたしよりも物知りなんだから……」

 溜め息をつきながらも、言われたとおりにしてみようとアリアは魔法式を組む。

 えいやっ、と簡単な雷魔法撃ち込むと、人形は小さく震えた。一瞬だけその胸元に青い光が浮かんだが、それだけだった。ただ、普通の人形ではないことは理解した。

 それを見てふむ、とヴェルゼが頷く。

「胸元に特殊な魔法石が埋め込まれてる人形……かも知れないな。だが何も知らない一般人が触ったら、暴走するかも知れん」

 諦めな姉貴、と彼は言う。

「専門外。オレたちに修理は不可能だ。今日渡されていきなり返すのもなんだから、明日中に薄暮の鴉亭へ行って返すんだな。仕方あるまい」

 そっか、とアリアは肩を落とす。

「直そうにも手掛かりすらないし、変にいじったら危険だっていうなら……仕方ないよね」

 アリアは複雑な顔で人形を眺めた。

 人形にはめ込まれた硝子の瞳が、きらりときらめいた。

「でもこの人形、さ。何かの意思を感じるよ」

 声を掛けたのは灰色の亡霊。

 ヴェルゼの傍にずっといる、元天才死霊術師のデュナミスである。

「僕はうまく説明出来ない。でも何かがそこにいる。死霊……のようなものかな。でも心を閉ざしているのか、働きかけても反応がない」

 得体のしれない人形だね、と彼は難しい顔。

「誰か専門家に話を聞ければいいんだけどなぁ……」

 彼はぽつりと呟いた。


  ◇

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