1-4 血色の魔導士は容赦しない

 アリアの返答を聴きつつ、ヴェルゼは亡霊デュナミスと共に王都を目指す。川に流された分、こちらは王都から遠い位置にいる。

「……距離があるから、姉貴を待たせることになるなこれ」

「仕方ないさ。……ま、あの子一人で大丈夫か、不安がなくはないけれど」

 ヴェルゼの言葉にデュナミスが返した。

 その時、

「――ヴェルゼッ!」

 緊迫した声、感じた衝撃。自分のすぐそばを通り過ぎた刃。

 刃は霊体のデュナミスを切り裂いたが、霊であるデュナミスに一切の被害はない。

 デュナミスは咄嗟に自分の身体に実体を与え、ヴェルゼを突き飛ばした後でそれを消した。そこまでに掛かった時間はほんの刹那。そしてデュナミスはあくまでも冷静に、

「うーん、死なないと分かっていても自分の身体を刃が通り抜けるのは変な感じがして嫌だなぁ」

 などと呟いている。

 ヴェルゼは改めて、この大親友の強さに驚いた。

「大丈夫かい、ヴェルゼ?」

 笑うデュナミスに「問題ない」と返し、背負った大鎌を抜き放つ。すっと目を細め、襲撃者を睨みつけた。

「何が目的だ!」

「箱を」

 襲ってきた謎の男はそう、短く告げる。漆黒の服を身に纏い、漆黒のフードを被った男だ。フードの奥の顔はうかがい知れないが、声はどこまでも淡々としていた。

男の言葉を聞いたヴェルゼの顔に冷笑が浮かぶ。

「ハッ、そんなの手元にないぜ。川に落ちたときに流されてしまったよ」

「……嘘をついても無駄だ」

 低い声で呟いた黒い男。容赦のない刃の連撃がヴェルゼを襲う。

 ヴェルゼは相手が両手に刃を持っていることに気が付いて軽く舌打ちした。

「チッ、双剣かよ! 厄介な武器……使いやがって!」

 ヴェルゼは大鎌で戦うが、大鎌はリーチが長い分細かい動きに対応しづらい。対し、襲撃者の双剣はリーチが短いが素早い動きが可能なため、相手の懐に入ってさえしまえば圧倒的優位に立てる。しかも今回の襲撃は不意打ちだった。ヴェルゼは防戦に追われ、自分の間合を取る暇などなかった。

 必死で襲撃者の刃を受け、反撃しようとヴェルゼは試みたが、瞬く間にその身体に無数の傷が刻まれる。切り裂かれた黒衣から赤く血が滲み、黒の衣を黒褐色に染め上げた。

「……僕の大親友に好き放題やってくれるじゃないか」

 その瞳に静かな怒りを込めてデュナミスが特殊な力を使い襲撃者を攻撃しようとした刹那、襲撃者はデュナミスに向かって何かを投げつけた。それは――

「護符!?」

 それをぶつけられたデュナミスの身体が動かなくなる。デュナミスは驚きの目でそれを見ていた。

 亡霊とは、本来ならば冥界へ行くべきだった魂が無理やり地上界に繋ぎ止められた存在、つまり地上界に留まる異常な存在だ。それらに気づいた地上界のシステムは排除しようと動く。この護符はそういった「地上界の防衛システム」を一時的に強化する機能の付いたもので、弱い亡霊ならばそのまま冥界送り、強い亡霊もその動きを強制的に止められるという効果のある使い捨てのアイテムだ。

「……ごめん。何とかしてこれの効果を解く……けど、今は助けに入れそうにないね! 敵も用意周到だよ! 悪いけど……しばらくは一人で、頑張って」

 苦しそうな声でデュナミスは答える。

 ヴェルゼは頷き相手に向き合うが、傷は増えるばかりで有効な手が浮かばない。

 その時、ヴェルゼの脳裏をよぎった思考。

「――姉貴、は?」

 今、ヴェルゼたちは危機にある。だが戦慣れしたヴェルゼですらもこの有様、王都に向かったアリアももし、似たような襲撃を受けているのだとすれば。

 ヴェルゼの呟きに襲撃者は答える。

「ああ、今頃王都で我々の仲間と戯れていることだろう。安心せよ、ひどい目に遭わせることはない。が、抵抗されたらそれなりの対応はする」

「……貴様ァッ!」

 その言葉を聞き、ヴェルゼの内側に爆発するような怒りが沸き上がってきた。それは自分が傷を負っていることすらも忘れさせるほどの激しい怒りだった。

 ヴェルゼは自分を大切にしない。ヴェルゼの死霊術は彼の命を削り、彼はそのために長くは生きられない。それが運命だと彼は半ば諦めている。しかし彼の姉アリアは違う、彼女にはまだ無限の可能性があるのだ。それに彼女はヴェルゼの唯一の肉親、最も大切な人だった。だからこそ。

「……姉貴に手を出したこと、地獄の底で後悔してろ」

 身に纏う雰囲気ががらりと変わる。彼の発した魔力の波動が、デュナミスを縛る護符を打ち砕いた。

 彼の全身の傷口から血が噴き出す。このままだと貧血で倒れてしまう可能性があるが、彼の第二の固有魔法、血の魔術は術の使用者の血液を媒介として発動するために今の状態は都合がよい。

「デュナミス、力を貸してくれるか?」

 ヴェルゼの問いに、「当然」とデュナミスは返す。

 互いの状態は完調ではないが、二人で一人のヴェルゼ・ティレイトだ、二人が力を合わせれば。

 デュナミスの亡霊がそっとヴェルゼに触れた。そこから感じた温かい魔力を受け取り、ヴェルゼは魔法を発動させる。

血の呪いブラッディ・カース――血色の縛鎖ブラッディ・バインド

 唱えられた言葉。

 次の瞬間、ヴェルゼから流れ落ちた血液が生き物のように動き出し、深紅の帯となって襲撃者に絡みついて動きを封じた。

「な……ッ!」

「それだけじゃ……ないぜ」

 驚く襲撃者に対し、ヴェルゼは不敵に笑う。

 襲撃者に纏わりついた、ヴェルゼの血から成る深紅の鎖。それは相手に絡みつくと身体に吸い付いて、その身をヒルのように膨らませたりへこませたりした。それに伴い襲撃者の顔が少しずつ青ざめていく。

 その鎖は、襲撃者の体力を吸っていたのだった。

 そして鎖の繋がっているヴェルゼの方は、少しずつ顔色が回復しているようだった。

「血の魔導士は希少だからな。それに呪われた職業でもあるが普段は名乗っていないが……お生憎。並の魔導士じゃないということはわかったろう。わかったのならばさっさと退け」

 ヴェルゼはそう、言葉を掛けたが。

 男は首を振り、縛られた状態でヴェルゼに向かってこようとした。

「選択は、それか。覚悟はいいな?」

 鼻を鳴らし、自身の血で作られた鎖を動かす。それは襲撃者の首を締めあげた。男は息を詰まらせ顔を青くしたがもう遅い、処刑は執行されたのだ。ヴェルゼの血の鎖は数分後にその命を奪った。

 ヴェルゼは全身から血を流し、荒い息をつきながらも鎖を振った。するとそれは血煙となって空に赤い軌跡を残して消え去った。その後に鎌を降って血を落とし、背中の定位置に戻す。そのままくずおれそうになったが意志の力で踏みとどまり、よろよろと一歩、また一歩と歩き出す。

「……行く、ぜ」

 倒れるわけにはいかなかった。少なくとも、姉の無事を確認するまでは。

 そんなヴェルゼに寄り添うように、灰色のデュナミスが浮かんでいた。

「僕が力を貸すけれど、無理は禁物だからね。相手の力を奪ったって、見知らぬ襲撃者の力じゃうまく身体に馴染まないだろう」

「わかっている、が……王都まであと少し、だ。強行軍だ、このまま……行く!」

 背負った大鎌を再び取り出し、それを支えにしながらも歩き出すヴェルゼ。

 その漆黒の瞳には、強い意志の炎があった。


  ◇

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