第一部 帝国暦1457年の依頼たち

第一の依頼 パンドラの黒い箱 ――4月

1ー1 序 黒い箱と依頼人

【パンドラの黒い箱】


 異世界“アンダルシア”。独特の魔法システムがあり、人間と神々が時に関わり、時に交わる、どこかにある世界。

 その世界の片隅に、不思議な店がありました――。


『頼まれ屋アリア 開店中!

 ~願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ~』


 木造の店の入り口には、そんな言葉の書かれた木の看板が下がっている。

 木でできた扉を開ければ、赤髪の少女が、木造のカウンター越しに来訪者を迎えてくれるだろう。


 今は、店が出来てから一年ほどになる。


  ◇


 扉の開いた音とともに、カランコロン、ドアベルが鳴る。「頼まれ屋アリア」の非日常は、このドアベルの音から始まる。

「はーい、ようこそっ!」

 ドアベルの音に来訪者ありと知った赤髪の少女――アリア・ティレイトは、元気よく返事をして扉を見た。彼女は自分の右後方のあたりで誰かが反応したような感覚を覚えたが気にしない。

「やぁ、こんにちは。ちょーっと頼みたいことがあって来たんだけれど……いいかな?」

 穏やかな声とともに入ってきたのは、茶髪に青の瞳、くたびれた印象の茶色のコートを羽織り、膝下までの焦げ茶のロングブーツを履いた、旅人めいた青年。彼は肩に掛けていた鞄から何かを取り出し、カウンターの上に置いた。軽い音が鳴る。それは中にそこまで重いものが入っているわけではないような箱だった。色は漆黒で、幾重にも巻き付いた魔法の鎖で厳重に封じられている。

 謎の箱を見せながらも、青年の唇が開く。

「あのね、この箱を、王都にあるアンダルシャ神殿へ持っていってほしいんだけれど、頼まれてくれるかい? ああ、お代は先に払うよ。ざっと五千ルーヴだ、悪い条件ではないだろう」

 ちょっと待ってよ、とアリアはその目に警戒を浮かべた。

「運び屋としての仕事もやってるわ、引き受けるのもやぶさかじゃない。でも、聞きたいのよ。その箱の中にあるのは、一体なぁに?」

 しかし彼女の問いに対し、青年は静かに頭を振る。

 その口元に、謎めいた笑みが浮かんだ。

「生憎と、それを話すことはできないのさ。でもすごい秘宝だよ? ああ、君にひとつ忠告しておこう」

 決してそれを開けてはいけないよ――と、囁くような音が洩れる。

「それはアンダルシャ神殿の祭壇まで持っていかねばならないものだ。それ以外の場所で迂闊に開けたら、絶対に良くないことが起こるだろう。それは幸運を約束するが、ルールを破ったらおしまいだ」

 アリアは難しい顔をした。得体の知れない依頼を受けるか受けないか、心の中に迷いが生じた。しかしそこに青年が追い打ちをかける。

「受けなくていいのかな? 来訪者の依頼料が生活の糧となっている店で、この依頼を蹴っ飛ばしたら次に依頼が来るのはいつかな? その間はずっと貧乏生活だねぇ」

 アリアは唇を噛み、観念したように頷いた。

「わかった、わかったわよ。依頼、受けるわ。じゃあお代を頂戴。あたし、まだあなたを信じてないから」

「警戒心が強いのは良いことだね」

 笑って、青年は肩掛け鞄から布袋を取り出した。じゃらん、と金属の音のするそれを青年はカウンターの上に置く。「確かめてみたら」の言葉に、アリアは中身を覗き込んで金額を確認、頷いて袋を受け取り、いつもの宣言をした。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」

「じゃあ頼むよ」

 口元に謎めいた笑みを浮かべ、青年は店を出た。

 カランコロン、見送りのドアベルが鳴って、やがてすべては静寂に包まれた。

 その静寂の奥から、小さな物音を立てて黒髪の少年が現れる。

 黒髪黒眼、黒のマントに黒のコート、マントの留め金は白い髑髏、黒のズボンに黒のブーツ。背に鈍色の大鎌を背負い、首から木で作られた素朴な笛を下げた少年は、アリアにその黒い眼を向けた。

「話は聞いたが……姉貴、面倒なことになったな」

「仕方ないじゃないヴェルゼ。要は開けずに王都のアンダルシャ神殿に届ければいいだけでしょ。簡単よこんなの」

 彼女は黒の少年――二歳下の弟、ヴェルゼ・ティレイトの方を向いた。

「とりあえず、この箱はすごい秘宝だけれど良くないものなのかもってことはわかったわ。こんなものとはさっさとおさらばしてしまいたい。まだ陽は高いし、出掛けるのには悪くない日だわ。さっさと用意して行っちゃいましょ?」

「……わかった」

 頷き、ヴェルゼは店の奥に消えた。アリアも店の二階に上がり、自分の鞄を用意し始める。


  ◇

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