プロローグ 新しい居場所

【プロローグ 新しい居場所】


――それは、今から一年ほど昔のお話――


「到着、っと。ここがあたしたちの新しい居場所になるのね」

「リノールに行け、か。どうしてこんな町……」

 明るくおしゃべりする赤髪の少女と、面倒くさそうな顔をする黒髪の少年。二人はその町の入り口に立って、物珍しげに町中を見ていた。

 少女も少年も十代中盤くらいに見える。少女は赤いワンピースを着て赤い宝石と金の飾りのついた木の杖を持ち、少年は黒いマントを着て背には死神みたいな大鎌を追っていた。赤と黒。対照的な出で立ちだ。そして二人はそれぞれ、大きな荷物を持っていた。

 町中を楽しげにスキップしながら、少女は笑う。

「わぁ、綺麗な町素敵な町! ふふっ、いいところじゃない、ここ!」

 その後ろを呆れたように小走りでついていきながら、少年は文句を言う。

「姉貴はこれまで村から出たことないから珍しいんだろうけれど、そこまで変わった町でもないぞ……」

 で、と彼は姉に言う。


「これからどう生きるんだ?」


「…………」

 その言葉に、少女は黙り込む。スキップもやめて、うつむく。

 少年は言う。

「現実から目を背けるな。この町に行けと言われただけで、そこで何か用意されているわけでもない。そして現実、住む家もない」

「……何とか、するよ」

 消え入りそうな声で少女は言う。

「ううん、きっと何とかなる。そうに決まってるじゃない。嫌なことがあった後は楽しいことがあるものでしょ! 住む家だってすぐに見つかるもん!」

「……ったく。姉貴は楽観的だよな」

 少年は溜め息をついた。

 と、不意に聞こえた叫び声。少年は警戒して声に耳を澄ますが、少女はその声に向かって走り出す。おい、と少年が止めるが気にしない。

「……この馬鹿姉貴ッ! わざわざ面倒事に首を突っ込んでどうする!」

 文句を言いながらも彼もまた姉を追う。

 追った先で目にしたのは、戦闘だった。

 妊婦のように見える、おびえ切った一人の女性。彼女を守るように立っているのは怪我をした男性。彼らに剣を向けているのは、目深にフードを被った謎の影。

「一体なぁに?」

 飛び出してきた少女を、彼らを遠巻きに囲む町の人々は訝しげに見る。

「誰だいあんたたち? 子供は危ないよ!」

「子供だからって関係ないもん! あたしは魔導士よ? 何が起こったの、説明して!」

 引かない少女を見て、難しい顔をしながら中年の男性が説明する。

 おびえた女性と男性は夫婦。二人はある高名な魔導士に大きな借金をしており、返せないでいた。そこへ借金取りが来たのだという。借金取りはそのフードの影だという。

 フードの影は言う。声からして男性のようだ。

「俺は魔導士シーエンの部下だ。どうしても借金を返せないようなら一族郎党殺せと言われてね?」

「シーエンだって悪党さ! いつもいつも、貧乏な人間相手に高利貸しなんてして!」

「黙れ。余計なことを言うと主に言いつけるが?」

 文句を言う町人を、男は一声で黙らせる。

 ひどい、とアリアは男を睨んだ。

「シーエンって人! 人の心がないの? 貧乏な人間こそ助けてあげなくちゃ! 足元見て高利貸しなんて最低の人間のすることだわ!」

「黙れ、娘。首を飛ばされたくないのなら――」

「そこまでだ」

 問答無用で少女に向けられた剣を、少年が止める。その手にはいつの間にか背負っていた大鎌があった。

「突っかかる姉貴も大概だが……。誰であろうと、姉貴を傷つける奴は許さない」

 ほう、と男は眉を上げて少年を見た。

「あの攻撃を止めるとは、若いのに強いな。名を何と言う」

「ヴェルゼだ。ヴェルゼ・ティレイト。笛作りの町エルナスから来た流れ者だよ」

 文句あるか、とばかりにヴェルゼは男を睨みつける。

 いいや、と男は首を振った。

「この町の人たちは俺たちに抗おうとしないが、お前たちは違うな、と。良い目をしている。お前たちに免じて夫婦の借金の話はなしにしてやろう。主も納得して下さるはずだ」

 やったぁ、と少女が喜んだ矢先、だが、と男は続ける。

「『夫婦の』借金だ。夫婦の代わりにお前たちが返せ。期間は五年間、金額は五百万ルーヴ。なぁに、俺の攻撃を止めたお前と魔導士のお城ちゃんなら余裕だろう、そんなにあれば。返済できなかった場合、対価として命を払ってもらう。異存はないな?」

 少女はぐっと奥歯を噛み締めた。

「何よぅ。今すぐにあんたを倒すことなんて、お茶の子さいさいなんだからね?」

「やめとけ姉貴。オレだって、防ぐので精いっぱいだった相手だぞ。反撃の余裕なんてなかった」

 杖を相手に向けようとする姉を、ヴェルゼは止める。

 それでいい、と男は笑う。

「で? どうする? 借金を負うのはどっちだ?」

 少女は夫婦を見た。夫婦は縋るような眼で姉弟を見ている。はぁ、と少女は溜め息をついた。

「そんな目をしなくても……ええ、あたしが背負うわよ、あたしたちが背負うわよ、その借金。それで泣く人が減ればいいの。誰かのためにあれ、って死んだママンは言った!」

 引き受けるわ、と彼女は男を睨んだ。

「契約人、アリア・ティレイト! あたしと弟のヴェルゼ・ティレイトは夫婦に代わって五百万ルーヴの借金を背負う。これでいいんでしょ! 口約束じゃダメって言うんなら書類だって書くわ、寄越しなさい!」

「書類は不要。主が魔法でしっかりと宣言を聞き取った」

 アリアとヴェルゼか、と男は頷いた。

「その名前、しかと覚えたぞ。五年後を楽しみにしている」

 そして男はいなくなった。

 ふうっとアリアは大きく息をついた。

「あたしの正義、間違っていなかったよね。あたし、曲がったことが許せない。これ、仕方のない結果だよね?」

「――ありがとうございますっ!」

 そんな彼女らに、気が付いたら町中の人が集まってきていた。

 口々に彼らは言う。

「大魔導士シーエンは悪い男で」

「この夫婦もそれにまんまと騙されて」

「このままだったら殺されていたかもしれない。いや、絶対に殺されていた!」

 いいから落ち付け、とヴェルゼが言うが、彼の静かな声は誰の耳にも入らない。アリアは大声を上げた。

「ねぇ! ところで!」

 彼女の高い声は凛と響き、周囲を黙らせた。

 アリアは困った顔をして、言う。

「あたし……違う町からここに来たばっかりで、居場所がないのよね。借金の返済方法は後から考えるとして……とりあえず住む場所、何とかならないかなぁって」


  ◇


「わぁ、大きなおうち!」

「……ヘェ。人助けもするもんだな」

 それからしばらく。

 アリアたちは町人たちに案内され、ある家の前に来た。

 木で出来た二階建ての家。そこそこ大きく立派な家だ。

 ある町人は言う。

「この家の主は一年前にシーエンに連れ去られてしまって……。彼女には皆思い入れがあったので、家を取り壊すことはできませんでした。あなた方に使って頂ければあの方も本望でしょう」

「ちなみに、連れ去られた人の名は?」

 ヴェルゼの問いに、シオン、と町人は答えた。

「シオン・ローウァス。本名はシオン・ミツツカとか言うらしいです。違う世界から来た、とか言っていた不思議な人でした。彼女はこの家の主に養女として迎え入れられ、後ほど、家を継ぎました。彼女は沢山の面白い話をしてくれましたよ。よく覚えています」

「違う世界から来た、か……」

 ヴェルゼは成程と腕を組んだ。

 この世には星の数ほど異世界がある。そんな言い伝えが、この世界の各地に転がっている。シオン・ミツツカも、そういった異世界から来た存在だというのならば。

「面白いわね……。会ってみたいわね、そのシオンという人!」

 アリアはきらきらと目を輝かせたが、ヴェルゼは首を振る。

「いや、皆の口ぶりから彼女は恐らく死んでいる。そうだろう? シーエンは悪人らしいな。そんな人物に連れ去られたのなら……」

 ええ、と町人は頷いた。

「彼女はきっと死んでいる。私たちはそう思うことにしたのです。だから期待なされない方がよろしいかと」

 わかった、とアリアは頷いた。

「シーエン……。話を聞けば聞くほど憎たらしくなってくるわ。強くなったらいつか、絶対に倒してやるんだからっ!」

 アリアは拳を突き上げた。

 それではこれで、と町人は去っていく。

 アリアはふーむと大きな家を見渡した。

「これ……もしかしたら……ああして……こうして……」

「……何を考えているんだ、姉貴?」

 そんな姉に、不思議そうにヴェルゼが問い掛ける。

 あのね、と彼女はいいこと思いついたとばかりに話しだす。

「お店、やろうと思うの!」

「はぁ!? 店だって!?」

「そう!」

 アリアは赤い瞳を輝かせて話しだす。

「何でも屋をやるの。それでね、周りの人々の願いを叶えるの。ざっと見たところ、この町に魔導士は少ないみたい? なら、あたしの魔法とヴェルゼの死霊術で」

 ほう、とヴェルゼは眉を上げた。

「だが、無報酬では引き受けんぞ。そうだ、ならばその店で依頼を叶えて日々の糧を得よう! いや、それで最終的に金を返そう」

 姉弟は顔を見合わせて笑った。二人の頭の中でアイデアが流れだす。

「お店の名前は『頼まれ屋アリア』にしましょ!」

「安易なネーミングだな……。では、内装についてざっと考えるか。入口真正面にカウンターを置いてだな……」

「おっきな看板を作るの! ドアにはドアベルをつけましょー!」


 数日後。

 かつて、シオン・ミツツカの住んでいた家は大きく改造され、新しい姿となっていた。

 家の扉の上には、大きな看板がある。


『頼まれ屋アリア ~願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ~』


 彼女らはまだ知らない。この店にどのような依頼が来るのか。

 楽しい依頼、悲しい依頼。様々な依頼の中で、彼女らは成長していく。

 これは、そんな二人による、依頼を叶える物語。


「頼まれ屋アリア、開店しましたっ! 何でもいいから誰か来てよねっ!」

「……接客は姉貴に任せる。オレは店の奥で本でも読んでいるよ。何かあったら呼べ」

 ドアベルを鳴らし店に入ったら、赤髪の少女があなたを迎えるだろう。


【頼まれ屋アリア、開店!】

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