7-4 終 霧の向こうに見たものは

 依頼人は見つかった。彼もまたソーティアと同じように、現実がわからなくなっているようだった。アリアたちでは彼を現実に戻せるような言葉を掛けられない。だから何とか説得して、一緒に町を出てもらうことにした。

 その後は簡単だった。オーウェンを呼んできてルィスに会わせ、オーウェンの言葉と拳でルィスは正気に戻った。二人は固く抱き合って、アリアらに感謝の言葉を伝えた。報酬としてもらったお金はそこそこの額で、目標金額にまた一歩近づいた。

「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」

 いつもの笑顔で、アリアは決め台詞を口にした。

 そして戻ってくる日常。あの町で皆、心に傷を負った。それぞれ、本当に戻ってきて欲しい日々はいつだったのかを思い知った。

「デュナミス」

 ある日ヴェルゼはデュナミスに声を掛けた。

 何、と応えるその声の調子は、相変わらず何かがおかしい。

 ヴェルゼは、問う。

「お前……あの霧の中で何を見た?」

「……何かおかしいの、ばれちゃったかぁ。君に隠し事は出来ないね」

 笑うデュナミス。しかしその笑みはどこか不自然で。

 分かっちゃった、と彼は小さく呟いた。

「僕のこと。僕の出自、僕が何者なのか。アルカイオンの家に来る前の日々をあそこで見た。それはさ……思わず涙が出てしまいそうなほど幸せな記憶だったんだ。まぁ確かにね? 姉上にいじめられたこともあったけど」

 その灰色の瞳は、ヴェルゼの知らない遠くを見ている。

 デュナミスは、言う。

「ねぇヴぇルゼ」

 相変わらず、おかしな声で。

「僕の正体が誰であれ、これまで通り普通に接してくれるかい?」

「は? どういうことだよ。というかお前の正体は何なんだよ? 分かったんなら教えろよ!」

「教えない」

 デュナミスは首を振る。

「ただ……そうだね。『デュナミス』って名前は僕の本名じゃなかったよ。あの頃の僕は、違う名前で呼ばれていたみたい」

「…………」

 驚きのあまり、ヴェルゼは固まってしまった。

 これまでずっと一緒にいた友人。その告白を聞いて。

 安心してよとデュナミスは言う。

「僕の正体が何であれ……でも僕はずっと君の傍にいるよ。あそこに戻る気はないし。話せないのは……ちょっと今話したら面倒なことになりそうだから」

 でもこれからもよろしくねぇと、彼は透き通る手を差し出した。触れられないその手を、ヴェルゼは握る振りをする。

 黄昏の町、アムネシア。それは内なる願いをあらわにさせる町。町の生み出す幻影の中に浸っていれば幸せだろうけれど、それは同時にどこまでも残酷なことでもある。

 叶わないとわかっている夢の中で、それを現実だと思い込ませられて生きる。

 魔性の町だなとヴェルゼは思った。町の中には人っ子一人いなかったが、こんな環境で人が住めるわけもないのだし頷ける話である。

 デュナミスに関しての謎は増える一方だ。しかし追及しても答えてはくれないようだ。時が来たら分かる日も来るのだろうか?

 こうして、ひとつの依頼は終わったのだった。


【黄昏のアムネシア 完】

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