第七の依頼 黄昏に魅せられて ――10月

7-1 序 町に囚われた幼馴染

【黄昏に魅せられて】


 不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。

 店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。

『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 看板には、そんな文言が書かれている。


  ◇


 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。

「はーい、いらっしゃいませー!」

 アリアは元気よく答えた。

 やってきた客は茶髪の青年。青い瞳が不安に揺れている。

「黄昏の時だけ現れるという、ある町に」

 彼は言った。

「俺の大親友が行ったきり帰ってこないんだ。あんたたちにはあいつを連れ戻してほしいんだよ」

 そこは魔性の町なんだ、と彼は語る。

「『黄昏の町』アムネシアは訪れた人間に幸せの幻影を見せて惑わし、町から出たくないと思わせる。ある日の黄昏、偶然俺たちは迷い込んだ。俺は自分で何とか幻影を断ち切って町を出たが、あいつはそうはならなかった」

「黄昏の町、ねぇ……聞いたことあるよ」

 デュナミスが口を挟んだ。

「あれは……何だっけ。人々の抱く幸せへの思いと夢が集まった町。そこは人の思念が集まりやすいとかそんな話を聞いたなぁ」

 行くなら自分も幻影を断ち切る覚悟をしないとねとデュナミスは言う。

 でもさ、とアリアは客に赤い瞳を向けた。

「あなた困ってるのよね?」

「ああ……そうだけど。あいつ、俺の大親友だからさ……」

「ならば助けるのが頼まれ屋アリアよ! 危険な町? 幻影の町? 行ってやるわそんなところ」

 人間を連れ戻すだけなんて、これまで受けてきた様々な依頼に比べれば簡単なことだ。アリアはいつもの台詞を口にした。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」


  ◇


 男から対象の外見や簡単な過去の話などを聞く。対象の名はルィス。依頼してきた青年オーウェンとは幼馴染で、いつも二人は一緒にいた。

 しかしある日、ルィスの家族は故郷の村にやってきた熊によって皆殺しにされ、ルィスは熊に復讐するために猟師になることを固く誓った。オーウェンは戦士になることを望んでおり、その日から二人の道は分かれた。けれどそれでもよく会っていたし、絆が崩れることはなかった。

 ある日偶然再会した二人は喋りながらも街道を歩いていた。そして迷い込んだのが黄昏の町。そこでルィスは死んだはずの家族の幻影に囲まれて動けなくなった。悲劇的過去を持たなかったオーウェンは辛うじて町を出られたが、彼の前にも幻影は現れた。それは彼の憧れている人の姿をしていた。

 自分の幻影を振り払うので精いっぱいだったオーウェンは、もうルィスを連れ戻す気力なんてない。だからアリアたちに頼ったのだった。

 よろしくな、と頼んでいなくなったオーウェン。アリアが彼を見送っていると、店の奥からヴェルゼが出てきた。

「で、勝算は」

「んー……わかんない」

 アリアは難しい顔をする。

「幸せだった日々……確かにあるわ。エルナスの町でのあの日々がもしも目の前に出てきたら……」

 迷うなよ、とヴェルゼが鋭い声を投げる。

「それは過ぎ去った過去なんだから。いくら幸せな過去であっても、もう二度と戻って来はしないのだから、な」

「ヴェルゼは強いよね……」

「安心しとけ」

 不安そうなアリアを見て、ヴェルゼが言った。

「もしも姉貴が幻影に惑わされても、オレが必ず救い出す。町に入ったら手を繋ごう。その手を絶対に離すなよ」

「……うん、わかった」

「幸せの幻影、ですか……」

 そんなやり取りを見ながらも、ソーティアはひとり呟いた。

 頭に浮かんでいるのは、滅ぼされる前の故郷の里。あの日々に戻りたいと何度も思い焦がれた戻らない日々。

「……ううん、今のわたしの居場所はあそこじゃない」

 思い出を振り払うように頭を振った。

「アリアさん……わたしはね、ここでも幸せを見つけられたんですよ。波乱はあるけれど、ここもまたわたしの居場所になりました」

 誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。


  ◇

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