第2話・執事様とスピネル公爵家
「―97、―98、―99、―100」
木刀を片手に素振りするのは、この屋敷の長女であるアリシア。
彼女が転生を果たしてから約一か月、この早朝鍛錬は見慣れた姿となった。
我儘放題で直ぐに癇癪を起した彼女の変わりように、屋敷の使用人や彼女の家族(父・弟)は驚いたようだが今ではみんな微笑ましく見守っている。
一方、アリシアは―
「―ふっ、はぁっ―――」
(うをぉぉおおおおおおおおおッ!!これが剣!!これが異世界ライフ!!最高ぉおおおお!!)
ただ素直に異世界でのセカンドライフを楽しんでいた。スラム生まれの彼女は年頃になってすぐ娼館へ身を売ったため、自由な時間がなかったのだ。
「―――はぁ!!」
いつかアニメで見た技を真似したり、ただ素振りをしたりと楽しそうに鍛錬に励む彼女。…実はアリシアはこの一か月で三キロもやせたのだ。目指せ!脱デブ!満喫しよう、異世界ライフ!
「やぁ、アリィ。朝から精が出るね~」
「!!父上!お早うございます!」
彼女の腰まであるブロードソードを地面に立て、90度の礼をするアリシア。
―カーテシーではなく騎士の礼をする辺りが彼女らしい。
「父上!是非私と手合わせをしてください!!」
アリシアと同じ真紅の髪をポニーテールに纏めた男性ー父、ルーカスへ向かってアリシアは懇願する。
「え、えぇ~…またかい?アリィは公爵令嬢なのだから剣は…」
「お願いいたします!!父上っ!」
ルーカスはこの王国の騎士団総隊長を務めている。
代々スピネル騎士公爵家は国王に忠誠を誓う騎士の一族で、王国騎士団の総団長の任を担ってきているのだ。
そして次男や三女などの政治的影響が少ない者は一流の従者として王宮に送り出している。
…つまり、スピネル公爵家は王国最強の騎士・王宮勤めの万能従者・最高峰の公爵令嬢…と国に大きな影響を及ぼす一族でもあるのだ。どれをとっても超一流。それがこの公爵家である。
「…うむ。わかった。でも手加減はしないぞ?」
「はいっ!!お願いします!」
親バカ陥落。
…そうして彼女の朝は過ぎていく……。
**
「うーん…もうちょっと基礎体力の時間を増やそうかな…?いや、でも父上は……」
訓練着からドレスへと着替えて屋敷の食堂へ向かう。スピネル家では家族揃って食べるのが決まりとなっているのだ。
「あぁぁぁぁ~~~っ!!どうやったら父上に勝てるのかしら!?」
ボロボロに敗れた今日の訓練を思い出しながら、きれいに装飾された廊下を歩いていく。
腰まで伸びた赤髪と顔の右半分を覆う前髪が春の風に靡いた。
(やっぱりこの目のせいかしらね?)
アリシアは訳あって右目を前髪で隠して生活している。これは決して失明などではないのだが…。
(はぁ…死角を突かれるとダメなのよねぇ~)
"アリシア"として五年間もの間右目無しで生きてきたためか、日常生活に影響はない。ーが、ルーカスに勝つことに死角は大問題だ。
アリシアは再び大きな溜息を吐く。
父上の前でくらい右目を見せても良いだろうか…?いや、敵は父上だけではない。いつか他の相手と戦うときに右目は見せらせないし…。
とても公爵令嬢の悩みとは思えないことで悶々と葛藤しているアリシアに、前方から声がかかった。
「あ、アリィ。おはよう」
「おはよう、エディ」
何処か素っ気無い声で挨拶をしながら歩いてくるのはアリシアの双子の弟、エドワード。
彼は今は亡き二人の母ーアルディの形見であるエメラルドの瞳に、アリシアやルーカスと同じ真紅の髪をしている。
「今日も父様と戦って完敗したんだって?よく毎日懲りないね」
一瞬イラっとしたアリシアだが、この言葉は全部真実の上、彼の素直ではない性格を考えて冷静になる。
―これはきっと彼なりの応援なのだ。
「うっさいよーだ。私は強くなりたいの。せっかく騎士公爵家に生まれたのなら活用しないと」
"運命の恋"のためにも娼婦落ちなんて嫌だもの。
「ハイハイ、脳筋姉さん。…ってそう言えば今日は大事な話があるから早めに来いって言われていたんだっけ?アリィ、行こう」
「エディから話しかけてきたのに…」
なんとも言い難い心情を抱えたまま、食堂へ入る。
「「父上、おはようございます」」
スチュワードさんが開けてくれた扉を後に、カーテシーをする。
「あぁ、おはよう。愛しの我が子よ」
「はい………っえ?」
「………!?!」
食堂の中を見ることなく礼をしたこともあり、顔を上げた先にいた〈四人〉に対しアリシアとエディは息を呑んだ。
「ち…父上。僭越ながらその三人は……?」
「あ、あぁ…今から紹介しようと思っていたんだ。今日から君たちの母になるフィアラと、兄になるセオドール。妹になるティアラだ。仲良くしてやってくれ」
………………はい?
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