転生悪役令嬢は推しのために無双する~男装執事様は〈真実の愛〉をご所望です~

れぇと

第1話・執事様の眠りと目覚め

―ゲルノア王国・花街郊外


「はぁ……」


ぽつりぽつりと仄かに町を照らす街灯の間から、冬の星がキラキラと瞬いていた。

思わず吐き出した溜息は、白く変わって空気に溶けていく。


堕ちたものだ、と私が言う。

でも。

この仕事も悪くない、と私が言う。


どちらにせよ、スラム出身の私が今こうして生きているのは…この有名な娼館でNO1と謳われているのはこの体のお陰だろう。

私としては肩こりの原因、一娼婦としては客を引く魅惑の巨大な胸。整った顔立ちにサラサラの茶髪。絶世の美人と言われるのも慣れたものだ。


「はぁ……」


行為の余熱を逃がすようにもう一度深く息を吐き出した。

ゲルノア王国は先進国でこそあるものの、今いるのは花街の郊外。しかも少ししたら空が白んでくる時間だ。数えきれないほどの光が、藍の闇に溶けていった。

踊り子のような仕事着から一転、簡素な麻のワンピースと綿のコートを身にまとって帰路を急ぐ。


(新作の乙女ゲームも終わっちゃったし…六周目になるけど"歌恋"やろうかな…)


人生の楽しみである乙女ゲームについて考えながら娼館付属の寮へ向かう。

娼婦の中でも乙女ゲームを好きな人は少なくない。その純粋な愛は正反対な存在である彼女たちにとっても癒しで憧れだったのだ。


「あら?」


街灯が照らし出した先に見知った顔を見つけて立ち止まる。


「貴方は――」

「ミリ先輩」


私の言葉にかぶせるように、一人の少女が私の名を呼んだ。


「どうしたの?」


可愛い妹のような存在である、後輩娼婦のララへ向かって微笑みながら問いかける。寒さ故か顔は青白く、絶望したような瞳は黒く濁っていた。心なしか体が震えているようにも見える。


「――ミリ先輩。私、私……」

「おいついて。話をしましょう?ララ」


何時も明るい彼女にしては異常な様子に、思わず一歩退きながら声をかける。それでもその距離を産めるようにララは足を踏み出した。


「…先輩。貴方も私から逃げるのですね」

「え―?」


そう思ったときには遅かった。お腹に感じるのは熱と異物感。


「…な、に……?」


頭が理解するのを拒んだ。

―まぁ、当たり前だろう。

私の視線の先には、自身の腹に食い込んだ短剣。


「―――っ!」


お腹に熱が集まるのと反対に、頭は寒さを訴える。

地面に崩れ落ちて痛い…などと考えている暇はなかった。


「フフフ…アハハハハハ!!!」

「…ら、ら……っ?!」


彼女の燃える様な紅い髪が私の視界の先で靡いた。

彼女の美しいエメラルドの瞳に色はなく、ただ狂ったように笑うだけだ。


「アハハハハ!エルもチェリも先輩も殺した!!これで私が一番になれる!!やっと、やっとここまで来た……ッ!!」


(何を…言っているの?)


エルとチェリはそれぞれ娼館のNO2、NO3だ。この五日で体調不良を起こし、休養中だと聞いているのに…。


(…ララ。貴方が殺したの?)


漠然とした事実に頭が理解を阻む。

―熱い。でも、寒い。

まだ生きていかないといけないのに…義母さんとの約束、果たせていないのに…。


いや、運良く生きていたとしても短剣が刺さっているのは子宮の上。

これから娼婦として生きていくのも、一女性として生き幸せを掴むのも絶望的だろう。


嗚呼、誰かに一途に愛されてみたかった…。

嗚呼、誰かを一途に愛してみたかった…。


幾度となく胸を締め付けた願いだけが、頭を埋め尽くす。

でも、それはもう叶わぬ願い。

多くの人に許した体で、真実の愛も何もないのかもしれない。

嗚呼、私も乙女ゲームのヒロインのように誰かに愛されることがあるのならば…。そうしたならきっと――。


ララの狂人じみた笑い声を最期に、私の思考は暗転した―。



***



強烈な喉の渇きを感じて、瞼を持ち上げる。


(苦しい……誰か、誰か……)


火照った体に、溶かされた思考。何とか自身の唾液を飲み込みながら、体を起こす。


(……ここは…どこ。天国…?)


本やゲームの中でしか知らない天蓋ベッドや、金が散りばめられた豪奢な家具の数々。

ボーっとした頭で辺りを見渡していく。


(天国…よね?だって私あの時ララに……)


そこまで考えて強烈な頭痛が体を襲った。


「~~~~ッ!!!」


嫌だ…怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

まだ死にたくない。まだ生きていたい…。

まだ何もできていない。まだ何も叶っていない。


「―っ、ぅ、ふぇ……」


涙がどんどん溢れてくる。

思い出す体と胸の痛みに喉の渇きはすっかり忘れていた。


どれくらい泣いただろう。

目がしょぼしょぼとして、脱水症状になる位になったとき私はようやく現実を見た。


「…ここは……?」


改めて部屋を見渡す。何度みても娼館の自室ではない。


「じゃあ…どこなの?」


一度窓から外を見よう、と思い床へ足を付ける。


「!?!?!」


足を付けて初めて体の違和感に気が付いた。


(体が小さい―!?)


どうして今まで気づかなかったのだろう。

自分の姿を見て見ると、そこにはぺったんこの胸と大きな腹。下を見にくいほど顔についているのは…贅肉。


(どっ、どういうことよ――!?)


あれほど頑張ってスタイルを維持してきたというのに、この体は一体何!?

兎に角、現実を確認したくて鏡台まで歩く。


「なぁッ―――――!?」


朝日を浴びて鏡台に映るのは、美しい赤髪と空のように澄んだ瞳。そして、丸々と太った小さな体。


(なっ、何!?これ!!おかしいわっ!どうして、どうしてー)


「どうして私がデブ幼女になっているのよーーーーーーーーッ!!!」


ヴェルラキア王国、スピネル騎士公爵家、早朝。

デブ幼女、アリシアの絶叫が響いたのだった。

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