第73話『ちょっと待ってください』
ポナの季節・73
『ちょっと待ってください』
もうやめようと思いながら真夏になってしまった。
SEN48は、この一か月でビッグになった、なってしまった。
最初の頃、東北慰問ライブはトレーラーの舞台だったが、先々週からは学校の体育館を使っている。
第一に観客の人たちが熱中症などで倒れないためであるが、仮設住宅の広場などではとても間に合わないくらい人が集まるためでもある。
真奈美はライブの度に着るものや髪形を変えている。雇われとは言え新宿のクラブママ、化けることには自信がある。
学校の体育館でやるようになってからは大胆にも女子高校生のナリでやっている。
観客の多数が高校生なので一番目立たないこともあるが、真奈美自身の青春が高校生で停まったままなので、三十分ほどかけて身づくろいすると違和感のないハイティーンになれる。Tプラザ公演のときには数人の女子高生と友だちになったぐらいである。
ライブは当初三十分だったが、四十五分の二回公演に延びている。屋内になったこともあるが、それだけ人気が出て、ファンが増えてしまった証拠でもある。
暑さしのぎの氷柱や扇風機が置かれているが、ライブが始まると文字通り焼け石に水。真奈美は他の観客といっしょに汗だくになるが心地いい。
今日も高校生の集団が集まってオシメンに声援を送る中に混じりサイリュウムを振りながら「新子! 新子! ポナ! 新子!」と連呼している。
最後の曲が終わると握手会の列に並ぶ。ほんの一瞬だけど手のひらを接して新子を体感できる。
タオルで汗を拭いながら順番を待つ。
「あれ~~新子ちゃんいないみたい。あんなに応援してたのに」
仲良くなった高校生が気の毒そうに真奈美に言う。
「いいわよ、アユミン(安祐美)も同じくらい好きだから」
明るくかわすが、暑さで倒れたんじゃないかと気にかかる。スタッフに聞いてみようかと思うが「ここが限界」と諦める。
校門を出ると駅までの長い道、電柱二本分ほど先で逃げ水が揺れている。逃げ水は真夏のシンボルだけど、真奈美には神さまが「このくらいの距離を取りなさい」と言っているように思えた。陰ながらの応援で我慢、そうすることで新子を間近に見られるならば我慢のしどころである。
仲良くなった高校生といっしょにため息をつく。それがおかしくていっしょにケラケラ笑った。
笑いながら、こういう感性は大事だと思う。ケラケラ笑える神経があるからこそ、ここまで来られたし、十五年前の別れにも耐えてこられたんだと思う。
「じゃ、あたしこっちだから」
車を置かせてもらっている家に向かう。シャワーを使わせてもらって着替えてしまえば、十五年の歳月を駆け戻って銀座のママに戻る。
「ちょっと待ってください」
ポニーテールの女子高生が声をかけてきた。真奈美はさっきいっしょに笑った高校生の一人かと首を捻った。
「なあに?」
さっきまでいっしょだった高校生たちの顔が頭の中で点滅し、目の前のポニーテールと照らし合わせた。
「お母さん…………でしょ」
ポニーテールはシュシュを外した、キリっとした目と眉が程よく下がって新子の顔になった。
真夏の奇跡にしばらく息も停まってしまい、やっと吐いた息は上ずるだけで言葉を載せてはくれない。
真奈美はこのまま太陽に照らされて蒸発してしまいたくなり、つい今までのケラケラが薄汚くみじめなものに感じられた。
「あたし急いでいるから」
そう言うのが精一杯だ、駆けだそうとした、すでに腕を掴まれている。
南中した太陽は真奈美を蒸発させてはくれず、新しい局面に入った母子の現実を地面に焼き付けていくように輝きを増してきた……。
ポナと周辺の人々
父 寺沢達孝(60歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(50歳) 父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
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