第71話『クレープ屋さんの角を曲がって』
ポナの季節・71
『クレープ屋さんの角を曲がって』
原宿駅で降りて竹下通りを駆け下り、クレープ屋さんの角を曲がる。
スイッチを切り替えたように街の喧騒と暑さが吹っ切れて、東郷神社の林を思わせる境内に入る。
涼しいとは感じるんだけど、学校からここまで急いで来たのでポナの額に汗が滲む。
神池をぐるっと回って『クラブ水交』に飛び込む。
「おっと、汗を拭かなきゃ」
冷房の吹き出し口に立ったぐらいで収まる汗じゃなかった。トイレを見つけて駆け込んだ。
「あぢい~ι(´Д`υ)」
鏡の前でブラウスをくつろげ、タオルハンカチで汗を拭きまくる。腋の下に手を伸ばしたところで鏡の中の優里と目が合った。
「あ、大ネエ!」
「もう少しおしとやかにやれないの、ポナ一応準ミス世田女でしょ」
「アハハ、でも、ここ女子トイレだし……てか、なんで分かったの?」
「あれだけドタバタ入ってくりゃ嫌でも分かる。さ、人さまに見られないうちにおいで」
和室に入ると、寺沢家の家族が孝史を除いてそろっていた。
「遅れて来たってよかったのに。お芝居の稽古とかあったんじゃないのか」
「通し一本と小返しやって、あとは新入りの子に代役頼んできた」
「アンダスタディーか」
父の達孝は一学期の半ばから演劇部の顧問をやっているので難しい言葉を知っている。
「ハハ、そこまではね。でも新入りにも勉強してもらわなくっちゃね」
えらそうに言ったので、みんなが苦笑した。
「なによ!」
「まあ、これでそろった。それでは一日早いけど、お父さんお母さんの誕生日とお父さんの還暦を祝って乾杯!」
「「「「「「カンパーイ!」」」」」」
大ニイ達幸の音頭で寺沢家の節目の宴が開かれた。
「誕生日がいっしょなのは、いつ知った?」
還暦祝いに子どもたちが借りてくれたホンダN360Z。その懐かしいハンドルを切りながら達孝が聞いた。
「……忘れちゃった。そいうお父さんは?」
「オレは担任持ったときから」
「……そうなんですか?」
「うん、学年はじめにいろいろ書類を作ったり書き足したり。それで覚えた」
「じゃ、あの時『先生と誕生日がいっしょなんです』って言ったとき驚いて見せたのは演技?」
「あの時……」
「横浜の夜」
ホンダN360Zは危うく車線をはみ出しそうになった。
「あれは……怯えながらも、初々しく喜んだお母さんに驚いたんだ」
「え?」
「あれで決心した、トヨのことはオレが一生ひきうけようって……さ、着いたよ」
ホンダN360Zは表参道を北に折れたところで停まった。
「ここ……」
「思い出したかい?」
「うん……『クレープ屋さんの角を曲がって、そこで待ってる』」
「ああ、トヨが専務付きの秘書になって、専務のインサイダー取引の証拠をつかんでしまって、オレに助けを求めて……オレはここで待っていたんだ」
「……あのクレープ屋さん、もうありませんね」
「母さん、一度車を降りて」
「え……?」
「あの時と同じように、乗り込んできたところからやってみよう」
豊子が乗り込むと、ホンダN360Zは表参道を走る車列の中に溶け込んだ。
「なんだか胸がドキドキする」
「さ、横浜に行こう」
「あの時泊まったところ、まだ残ってるんですか?」
「まさか、クレ-プ屋と同じさ」
「行ってみなきゃ分からないでしょ」
「優奈に調べてもらった。でも、近い場所には泊まれる。残念ながら、ちゃんとしたところだけどな」
夏の夕暮れ、二人は三十年前の自分たちをトレースしていった……。
ポナと周辺の人たち
父 寺沢達孝(60歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(50歳) 父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
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