第66話『東北慰問ライブ・2』
ポナの季節・66
『東北慰問ライブ・2』
梅雨が明けきらないない福島は、まだらな空模様だ。
昨日入ったS市はまだ小雨がぱらついていたけど、M市の仮設の町では雲の間から時折薄日が差していた。
「お醤油かけすぎ!」
奈菜がポナの手の醤油さしを止めた。あやうく玉子かけごはんがダメになるところだった。
S市のホテルに泊まって賑やかな朝食、ポナは一人考えに耽っていた。
昨日の慰問ライブに、またあの人がいた。まるで地元の人のようなナリをしていたけど、握手会での手の感触で分かってしまう。
―― あの人…… ――
そう思うと心が熱を持って、ポナはうろたえてしまう。
「昨日は感動的だったね」
安祐美がアジの一夜干しを咀嚼しながら言う。その一言で、ポナもみんなも仮設住宅のお婆ちゃんを思い出した。
「AKBさん、うちに寄ってもらえないかね」
「はい?」
握手会が終わると、小柄なお婆ちゃんが近づいてきた。
「うちの孫が大好きなんよ。でも、家から出られないから、ちょっと寄ってもらえっと嬉しいのよ」
「あ、あたしたちAKBじゃないです」
「謙遜しねぐても、ちゃんとAKBの曲、歌って踊ってたべ『会いたかった』とか『ヘビーローテーション』とか孫が歌うんであたしでも覚えちゃってるのよ」
「でも、あたしたちAKBじゃ……」
「アハハ、でも、ちゃんとフォーティーエイトっで、言ってたじゃ」
ポナたちは、SEN4・8を「セン、ヨンテンハチ」ではなく「セン、フォーエイト」と呼ぶようになっていた。あらかわ遊園のライブでファンの人たちが、そう呼び始めたからだ。お婆ちゃんには「フォーエイト」と「フォーティーエイト」は区別がつかない。
「わたしからもお願いします。お婆ちゃんのところの寄ってあげてください」
仮設住宅の世話役さんからもお願いされるんでポナたちは、お婆ちゃんの仮設住宅に寄ってみた。
「良美、AKBさん来てもらったよう……」
二間の家に上がって驚いた。白木の台の上には骨箱が載っていて、中三ぐらいの女の子の写真が立てかけてあった。部屋は二間ともAKBのポスターやグッズでいっぱいだった。
「良美は、震災の二日後に見つかってえ……かわいそうに、この子だけがこんなになっちまっで。えがったら、線香あげてもらえねか」
奈菜、由紀、みなみの三人はショックだった。てっきりお孫さんは病気か怪我で家を出られないだけだと思っていた。ポナはなんとなく分かっていた。安祐美は幽霊なのでハナから分かっている様子だった。
「お婆ちゃん、他のご家族は?」
壁に掛けてある親子三世代五人のスナップ写真を見て由紀が聞いた。
「ああ、息子は嫁と上の孫連れて出稼ぎに行っとります。盆には帰ってきます」
安祐美が頷き、線香をあげたあと、お婆ちゃんの部屋を出た。
「驚いたよね、あの後」
「うん、まさかお婆ちゃん残して一家全滅だなんて思わなかった」
「下のお孫さんは遺体を確認したんで納得してるけど、他の家族は行方不明なんで、出稼ぎって思い込んでるんだよね」
「でも、仮設の人たち、お婆ちゃんの思い込みを否定しないで世話をしてるんだよね……それが、せめてもってか……ジーンときた」
「ううん、家族みんな、あの仮設住宅にいたよ……」
安祐美がポツリと言った。
「あたしも幽霊だからよく分かる。あの仮設住宅には息子さんもお嫁さんもお孫さんもいっしょにいた。幽霊だって生きてる人に愛情もって助けてあげることはできるよ……あたしみたいに煩悩から抜け出せないのもいるけどね」
「ううん、安祐美は、あたしたちに夢と力をくれたわよ……」
安祐美は寂しそうな笑顔で応えると「よし!」と一声あげて二日目の気合いを入れなおした……。
ポナの周辺の人たち
父 寺沢達孝(59歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(49歳) 父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます