第65話『始まり それぞれの夏』


ポナの季節・65

『始まり それぞれの夏』        







 朝起きると気配が無かった。


 一つはポチ。


 一昨日大輔と気まずく別れ、まといつく湿気とともに洗い流そうと思って、家に帰ると直ぐにシャワーを浴びた。シャワーの前に強にしておいたエアコンの下で髪を乾かしていたら、足許にポチがいた。

「ポチ……」

「ワン!」

「だめ、シー……」

 黙らせるために抱っこしてやったが、どうも家族には聞こえていない……いや、ポチの存在が分からないようだった。

「新子、今夜は焼肉ね」

 キッチンから顔を出した母は、ポナの腕から飛び出し、足にじゃれつくポチに気づきもしない。

「あー、蒸し暑い」

 孝史は帰ってくるなり、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、エアコンの下でポナと並んだ。

「チイニイもシャワーしてきたら。汗臭いよ」

「一杯やってからな」

 孝史は、一息で缶ビールを空けると、そのまま浴室に向かった。その時足でポチを引っかけたが、ゲームのバグのようにポチは孝史の足と重なってしまった。

「ポチ、あたしにしか見えないんだ……」

 ポナは、寂しいような嬉しいような気持ちになった。そうやってポチは夕べまでは、まといつくようにして一緒に居てくれた。

 それが、今朝は気配がしなかった。

――ポチは安祐美ほどの霊力はないんだ――

 そうベッドの中で納得した。


 そして、もう一つは孝史の気配。


「お母さん、チイニイは?」

「朝起きたらいなかった。しばらく帰らないってメールが入ってた。ほんとうにお尻の落ち着かない子……」

「乃木坂は?」

「昨日で辞めたって」


 みなみは、明日からの東北慰問ライブの段取りについて父と話し合っていた。


「大丈夫か二日続きになるけど」

「大丈夫、あの感動があれば若さで乗り切れる。それより、お天気大丈夫かな……」

「屋内でもやれるように手配はしてある」

「よかった」

 安心したところでポナから電話があった。

――チイニイが乃木坂辞めたの知ってた!?――

「うん、てか、ポナ知らなかったの?」

――家族のだーれも!――

「そうなんだ。やっぱ秘密諜報員になったかな?」

――なに、それ?――


 由紀は文化祭の企画書づくりのために、夏休みの初日から学校に向かっていた。


「くそ、我慢ならねえ暑さ!」

 大きな独り言を言うと、モソモソしだした。

「なに変なモーションしてんの?」

 後ろからやってきた奈菜が呆れたような顔で聞いてきた。

「おパンツが食い込むの!」

「ハハ、ひょっとして由紀発育したんじゃない?」

「はあ?」

「だからあ……」

「ちょ、ちょっと、どこ触んのよ!?」

「やっぱ、胸もおケツも大きくなってるよ!」

 通りかかったOLは、世田女の生徒二人のじゃれ合いを微笑ましく見ていた。まさか、こんなダイレクトな会話をしているとは思わない。

 帰りに下着を買おうと由紀は心に決めた。


 安祐美は根が幽霊なので、この暑さはヘッチャラで。旧講堂で明日からのライブの振り付けの最終確認をしていた。今夜はメンバーの夢の中に入り込み、猛特訓だと意気込んだ。


 大輔は、あれからネットで安保関連法案について調べまくった。委員会での有識者参考人の発言から、O教授の意見に惹かれる。

「これは安倍総理の方が正しい……」

 そう思うと、どうやってポナの機嫌を取り戻そうかと、そればかりを考える大輔であった。


 そのころ孝史は、程よく汗ばんで、防衛省を目指していた。


 ポナの生みの親である谷口真奈美の行動が気がかりだったが、正門のセキュリティーを通過するころには頭は切り替わっていた。


 それぞれの夏が本番を迎えた。

 


ポナの周辺の人たち


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

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