第64話『たかがBFされどBF』


ポナの季節・64

『たかがBFされどBF』           




 今朝の電車に蟹江大輔の姿がなかった。

 

 友だち承認をして以来、こんなことは初めてだ。

 いつも一方的に喋りまくるので、持て余し気味のポナだったが、いないと少し気にかかる。


 駅を出るとモワーっとした湿気交じりの暑気、今日も暑い……そう思った時点で大輔のことは忘れかけた。

「オハ、暑いねえ……」

 由紀が声を掛けてきて、完全に忘れた。

「なにモソモソしてんの?」

「汗で、おパンツ食い込んだ……」

 ハツラツ美人の由紀がこんなことを言うと、ギャップが大きいので、思わず笑ってしまう。そのギャップで、また大輔のことを思い出す。大輔は客観的にはタッパもあってイケメンの部類に入るが、ポナの前では、お喋りの三枚目だ。素早くメールを打った。

「あ、オトコ?」

 モソモソの原因をなんとか処理した由紀が、元のハツラツ顔で聞いてくる。

「勝手に食い込んでくるおパンツみたいなやつ」と答えておいた。


 休み時間にトイレでメールの着信を確認、なんと大輔は国会前に行っていた。


「バカなやつ!」

 

 と吐き捨てながら、時間がたつに従って気がかりは大きくなっていく。

 大輔のメールには写真が添付されていた。大輔は安保法案反対のデモ隊の中にいたのだ。



――バカは止めて、家に帰れ!――



 と二秒で勧告のメールを打つ。

 今日の午後、衆議院で安保法案が可決される。午後にかけてデモ隊は膨らんで過激になっていくだろう。昨日の委員会の裁決だけで、反対のデモ隊から二人の逮捕者が出ている。


 演劇同好会の稽古が終わると、ポナは国会前まで行ってみた。バカが忠告を無視して、まだ国会前にいるからだ。


 地下鉄に乗って国会前に行ってみると、ちょうど衆議院で与党の賛成多数で可決された直後、遠くから見てもデモ隊の興奮は頂点に達しようとしている。



――思ったより少ないな――



 安保反対闘争のことは父や兄から聞いていたし、ネットで調べたりしてポナなりに知っていた。60年安保では批准の日には三十万人のデモ隊が出て、国会の構内になだれ込み、一人の死者と多数の怪我人を出している。それに比べれば目の前のデモ隊はショボイ。

 ショボイけども、それだけプロ市民と言われる活動家の数も多く、警察の取り締まりも集中している。

「何をしているんだい?」

 気づくと三人の警官に取り囲まれていた。制服姿でスマホを打っていたからだ。

「バカな友だちが、あの中に居るんで、家に帰れって伝えに来たんです」

 ポナは、年かさの警官にスマホの画面を見せた。

「そうか、高校生は早く帰ったほうがいいな。君も危険だから向こう側には行かないように」

 それだけで解放された。でも監視対象にはなったかな……大ネエが現職、チイニイが元職の警察なので、警察が甘くないことはよく分かっている。


「あ、あの人……」


 遠目に大輔の隣にいる女性が目に入った。ネットで見たプロ市民、三革派のオネーサンだった。あいつは知らないうちにデモ隊の中枢の中に入り込んでいる、危険だ!

――これが最後。直ぐにデモ隊から離れなさい、離れなかったら絶交だから!――

 そう打ったが、やつは、もうスマホを見ようともしない。


 ポナは大きく迂回して、十分かけて道路の向こう側に行った。警察の車から見られているような気がした。

――なんで、あたし、ここまでやってるんだろう!?――

 そう思いながら、体は止まらない。デモ隊の中をかき分けかき分けしながら、バカの後ろに立った。

「いい加減にしろ、バカ!!」

 そう言いながら、鞄をぶん回し、硬い角の方でバカの後頭部を連打した。


 帰りの地下鉄では口も利かなかった。大輔も出会ったころのように無口。無口なまま別れた。


「なんで、ここまで食い込むんだろう……あたしもバカだ」



 大輔とは、これで切れてしまうだろう。せいせいしていいはずなのに、ポナは、自分が食い込みおパンツになったようで不愉快この上なかった。ポチが実体化して家まで付いてきてくれたことにも気づかなかった……。



ポナの周辺の人たち


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

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