2022.01「お正月」

 十二月三十一日と一月一日が入れ替わる瞬間。そこがまさに世界同士が交錯する時間である。


 今から百年以上前。そんなアホなことを言い出した学者がいた。

 パラレルワールドだとか異世界だとか、そんなものがまだファンタジーだと認識されていて、未来から何かがやってくることが夢物語だった時代。「何をバカなことを」と大半の研究者……どころか、世界人口の九割が彼の言うことを信じなかった。

 彼は嘘つきのレッテルを貼られ、孤独の中で悲しき生涯を閉じることになる。やがて人々は彼の残した研究のことなど、すっかりと忘れ去っていった。



『十二月三十一日、朝のニュースの時間です。本日は大晦日。みなさん年越しの瞬間には忘れずに、地面から足を離しましょう』


 目元にガッツリとアイラインを引いた女性アナウンサーが画面向こうからこちらを見ながら言った。何が楽しいのかその声は、昔祭りで買ったスーパーボールのように弾んでいる。

「年越しの瞬間に、忘れずに地面から足を離しましょう」という注意喚起がされるようになったのはここ最近だ。

 きっかけは二十年ほど前。一月一日になった瞬間。突如街からごっそりと人が消えたのだ。

 通称大規模神隠し事件

 このときに消えた人の数は日本だけで三千万とも四千万とも言われているが、性格な数字はわかっていない。

 消えた人々の中には、翌年の一月一日に戻ってきた者も戻って来なかった者もいた。

 しかし戻ってきた者たちは口々に「自分は向こうの世界の自分と会わなかったから助かった」「年を越す瞬間にジャンプしたら戻ってこられた」「ここは、年越しの瞬間に地面に足をつけていてはいけない世界なんだ」と言った。その証言が大々的にメディアに取り上げられたことで、半信半疑だった研究者たちが動き出した。

 そして、ある研究が見つかったのだ。

 百年以上前のその研究をここに引用する。




 異世界あるいはパラレルワールドの存在については、現状、ファンタジー世界の産物であるとの見方が主流である。理由は「誰も見たことがないから」だ。

 しかし私はここにひとつの事実を提唱する。これは「仮定」ではなく事実である。

 異世界の存在に関しては不明であるが、パラレルワールドは存在する。

 なぜなら、私はパラレルワールドのひとつに偶然にも足を踏み入れることができたからだ。その経緯と得た知見をこの論文に書き記す。


1、経緯

 私がパラレルワールドに足を踏み入れてしまった原因は、年・日付が変わる瞬間、つまり十二月三十一日の二十三時五十九分から一月一日の零時零分までの間に地面に足を付けていたからである。

 私たちが生きている世界線は本来、その時間には地面から足を離していなければならない世界線であるらしい。しかし足を付けていたがために、私は「足を付けていなければいけない世界線」に迷い込んでしまったのだ。

 この場合、足を付けている世界線の私が二人となり、もう一方の世界線からは私の存在は消えてしまう。(人の記憶からまで消える、ということはないそうだ)

 ここでの問題は、自分がひとつの世界線に二人いるということである。

 恐らくこの二人目の自分というのは、我が世界線では「ドッペルゲンガー」と呼ばれている者であると私は推測している。ドッペルゲンガーに出会ってしまったらどちらかが死ぬというのが通説であるが、これは事実である。要するに、ひとつの世界線に同一人物が二人いるということは本来、世界のあり方として相応しくない。ゆえに世界はその一個体の本能として、異物である「本来いないはずの方の私」を排除しようとするのである。

 私も例外なく死から逃げ回ることとなった。生き残り元の世界へと戻るため、私は世界線について研究している者がないかを密かに調べた。そこで出会ったのがストレンジ教授である。

 彼は私が足を踏み入れた世界線における異世界・パラレルワールド研究の第一人者であった。そして何より、彼自身が私と同じ経験をしていた。彼から得た知見は次の章に記述する。

 ともかく、私は教授からパラレルワールドについて学び、翌年の十二月三十一日の二十三時五十九分にジャンプして地面から浮き、一月一日の零時零分にこの世界へと戻ったのである。


2、ストレンジからの教え

 ここでは私が偉大なるストレンジ教授から得た知見を書き記す。なお、事実の列挙となることが予想されるため、箇条書きとする。


①世界にはパラレルワールドというものが常に存在している。これは本来、認知できるものではない。しかし近年、その世界線同士の境界が危うくなってきている。言い換えれば、宇宙空間の銀河のようにある一定の距離を保って存在していたはずのパラレルワールド同士が、引き合い始めているというのである。それにより、パラレルワールドに迷い込む、という事例の件数は右肩上がりとなっている。このままでいくと、将来的には「これをしなければ、確実にパラレルワールドに迷い込む」という事態が起こりかねない。


②パラレルワールドとの境界が最も薄くなるのが、新しい年を迎える瞬間だ。すなわち、十二月三十一日と一月一日が入れ替わる瞬間。そこがまさに世界同士が交錯する時間である。

 

③パラレルワールドにはもう一人の自分が存在しているが、絶対に出会ってはならない。出会ってしまった場合、世界に異物であることを知られることとなり、排除対象と鳴る。それは死を意味する。


④パラレルワールドに迷い込んだ場合、戻ることができるのは翌年の新年を迎える瞬間である。それまで息を潜め、生き残る術を模索しなければならない。




 カール・デイビッドソンという男のこの論文は瞬く間に世界中に広がることとなった。カールが亡くなってからすでに百年以上が経過していた。

 論文と世界各地で起きた《大規模神隠し事件》により、パラレルワールドが存在することはもはや一般常識となった。彼の論文によるとこの世界は「日付が変わる瞬間に地面に足をつけていてはいけない世界」ということだから、今や大晦日の日にそこかしこで注意喚起のアナウンスが流れることは普通だ。

 アナウンサーの言っていた意味が、これで君にも少しはわかっただろうか。


 最後に。

 一度、周囲を見渡してみてほしい。

 何も違和感はないだろうか。僅かに物の位置が違うということはないだろうか。

 もし違和感があるなら、すぐに逃げた方が良い。その世界線の自分と出会ってしまわないうちに。

 ほら、ドアの外から足音が




『パラレルワールドについての研究と歴史』(発表者:不詳・未完) 

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