第6話:絶対剣技
「このっ、いい加減倒れろ!!」
放たれる無数の輝剣が機関銃のように異形の体を削り取っていく。更に魔術も同時に放ち、異形の体を三分の一程吹き飛ばしたのだが、しかし。
「本当にキリがない……!」
不快な異音を立てながら高速で再生していく異形を前にティナは顔を歪める。どれだけ肉体を失っても即時再生する程の力は想像以上に厄介だった。
振るわれる巨刃を回避しながら次の手を考える。まずは────、
「その四肢を抑えるっ!!」
ティナが叫ぶと共に異形の周囲へと輝剣が突き刺さっていき、そこから魔力で構成された鎖が放たれる。鎖は異形の手足を拘束し、完全に動きを止めた。当然、これだけじゃ終わらない。
ティナが右手を前に向けると、前方に十二本の輝剣が円錐状に回転を始める。
「“我は弓弦より解き放たれし矢なり。我は天を駆け抜ける一条の流星なり“」
彼女の口から紡がれるは呪文詠唱。
「“野を超え、山を超え、千里を超えたその果てに、遍く邪悪を貫き穿つ“」
本来、輝剣を用いる事で詠唱を省いて魔術を行使するティナがそれでも詠唱をする理由は一つ。輝剣を用いても詠唱破棄が叶わぬ程に強力な魔術であるという証明に他ならない。
高速で回転しながら凄まじいエネルギーを溜めていく輝剣が、バチバチという雷の弾ける音を鳴らしていく。
「“必中を謳え、破邪の雷光。光を纏いて焼き尽くせ“」
詠唱が完成し、必殺の魔法が放たれる。
「【ブリッツレイ・スティンガー】!!」
解き放たれるは闇を穿つ一条の閃光。それは異形の体を貫くと同時に雷光を撒き散らしてその肉体を焼き尽くした。かつて、強固な鱗と甲殻を持つ地竜すら貫いた雷の上級魔法。直撃すれば決して無事では済まされない。
────しかし。
「……っ!これでも、ダメなの?」
炭化した肉の下から、新たに再生していく異形を見てティナは思わず歯噛みする。どんな魔術を使おうが、焼こうが、斬ろうが、削ろうが、瞬時に再生してしまう。このままでは自分達の体力や魔力が保たない。
「(かくなる上は……)」
ティナは自分が首に掛けているペンダントを触る。自分にとっての切り札を切ろうとした瞬間だった。
「いいや、それを使うのはまだ早い。奴の不死は、俺が断つ」
解き放たれるは神速の斬閃。万象全てを斬り裂く神剣の一撃。それは異形の腕のみならず、そこに流れる何かをも断ち切った。
変化は激的だった。斬られた腕に、再生の兆しが一切訪れない。今さっきまで二人を苦しませていた魔具の恩寵が消え去っていたのだ。
何が起きたのか理解が及ばない。目の前の異常な光景にティナは瞠目したまま固まってしまった。異形もまた、いつまでも再生しない自分の腕を困惑に満ちた目で見ている。
「ふむ、確証は無かったが……存外、上手くいくようだ」
その光景を作り出した当の本人は、ティナの隣で呑気にそう呟いていた。
「クラウス、一体……何をしたの?」
「別段、難しい事はしていない。奴の再生力は魔具からの恩寵あってこそ。故にその繋がりを断ってみた」
その言葉を聞き、今度こそティナは言葉を失った。何を言っているのか、一瞬脳が理解を拒んだ程だ。魔具の恩寵を断ったというクラウスの言葉が意味する事は、まさか?
「不死殺し……?」
「いや、そんな上等な物ではない。これはあくまで奴が魔具を用いているからこそ出来た事だ。本家本元の不死には通用しないだろう」
クラウスはそう言うが、その言葉は何の気休めにもなりはしなかった。
確かに、魔具とその使用者には魔力的な繋がりが存在する。ティナの持つ輝剣も同様だ。ならばその流れに横合から別の魔力を強引に流して阻害し、その際に出来た淀みを狙い切断すれば可能かもしれないが……言うまでもなくそれはあくまで可能性の話だ。
そもそも魔具との繋がりというのも人の目には見えない不可視の物だ。特殊な機器や魔眼などを用いれば見れるかもしれないが、クラウスはそのどちらも持っていない。更に言えば淀みを発生させたとて、それはほんの一瞬にも満たない僅かな時間だ。刃が通りより経路が復旧する方がずっと早い。
そんな繋がりに対してクラウスは
しかし、クラウスはそんな大業を容易く成し遂げてしまう。先程、本家本元の不死には通用しないと言っていたが、それこそ痛烈な皮肉だろう。言い換えればそれは、魔具を用いた再生や不死の力ならば断ち切れるという証明に他ならない。あるいは、更に経験を重ねれば本当の不滅さえも斬り裂く程の域にまで登り詰めるだろう。
真に恐ろしいのが、それを為したのがあくまで彼の技術であるという事だ。彼の持つ刀剣はあくまでただの鋼の刃。魔具ですら無いどころか、特別な素材など一切使われていない。
持ち主に栄光を齎す王剣?血を啜る度に威力を増す魔剣?神の祝福を宿す聖剣?なるほど、確かに素晴らしい。しかし己には不相応だと彼は決して欲さないし目を向けない。そして素知らぬ顔でそれら宝剣を凌駕する程の刃の冴えを見せるのだ。
「(……ああ、もう)」
そんな有り得ない光景に絶句するティナは、次に苦笑を漏らした。
「(本当、敵わないな)」
どれだけの賛辞を贈ろうが、どれだけの麗句を並べようが、彼の素晴らしさをカケラも形容できない。
神域を超え、その先にある無二の領域に存在する刃。そこに並び立つ事など誰にも出来ない。ただ、その輝きに焦がれるだけだ。
「(だからこそ、私は……)」
そこまで考え、彼女は思考を中断する。今するべき事は目の前の異形を倒す事。故に輝剣を構え、クラウスの横に並び立つ。
「援護するよ。それぐらいでしか役に立てなそうだし」
「それは違う。お前が隣にいてくれるからこそ、俺は安心して刃を振るえるのだから」
その言葉に言い様のない喜びを感じてしまい、興が乗ったティナは誰よりも頼れる男へと言祝いだ。
「さあ、行きましょう。並ぶ者無き至高の剣士──全てを斬り裂く
その祝福を受けてクラウスは小さく笑みを浮かべる。
「良いだろう、お前がそれを望むなら」
例え、この身がただの凡夫に過ぎないとしても──誰かがそう在る事を望んでいるというのなら、是非も無いと。
「俺が全てを断ち切ろう」
瞬間、クラウスの纏う空気が一変する。殺意や敵意とも違う、何処までも清廉でありながら、それでいて容赦の一切を捨て去った純粋な剣気を静かに纏い始める。
「行くぞ」
その言葉と共に、クラウスの姿が掻き消えた。そして刻まれる幾重もの斬傷。それら全てが再生を許さぬ必滅の剣技だ。元々の生命力が桁外れ故に死に至る事は無いが、それでも再生を封じられたという事態はあまりにも深刻だ。
しかし、異形に抗う術は無い。抵抗さえ許されず、ただただ刻まれるだけだ。
────更に、
「生憎だけど、クラウスに任せてはい終わりなんて、恥知らずじゃないのよっ!!」
お前の敵は一人じゃないと言わんばかりに、ティナが円環状に展開した輝剣をチャクラムのように異形に放つ。
もはや勝負は決している。神剣と輝剣の二振りが存在する今、敵う道理は何処にも無い。
そして、二人の刃が異形の胸元を斬り裂いたその場所に、ソレは存在した。
『ゴオオオオオオオォォォォォ……!!』
異形の肉に根を張り巡らし、ギョロギョロと眼球を忙しなく動かす山羊の頭部の形をした魔具。異形の再生能力の元となったであろう存在が蠢いていた。そう、もう一つの魔具とは異形の持っていた大剣では無い。大剣に寄生していた山羊頭が魔具であったのだ。大剣それ自体は何の変哲もない武器である為気付く事が出来なかった。
「アレを潰せば決着って事かな?」
「恐らくな」
『ゴアアアアアアアァァァァッッ!!!!』
山羊頭が咆哮を上げると共に、異形の全身から鉤爪が二人へと伸ばされる。恐らく鎧の力をも支配下に置いているのであろう。
「させはしない」
「叫び声だけは一丁前だねッ!」
しかし、彼らにそんな児戯は通じない。それぞれが向かってくる鉤爪を自身の得物で切り裂いていく。そして異形の眼前まで来るとクラウスが跳躍し、ティナがその周囲へと輝剣を展開させる。自身を害する存在を排除せんと鉤爪が殺到するが、それらを輝剣が迎撃していく。
「──散れ」
そしてついに、異形の核たる山羊頭が一刀の元に斬り捨てられた。断末魔さえ上げず、ただただ真っ二つにされた山羊頭が地面へと落下していく。
それと共にズルリ、ズルリと崩れ落ちる異形の体。あれ程の猛威を振るった再生能力が見る影も無い程だ。そして、最後に粘着質な水音を立てながら、異形の怪物は今度こそ完全に息絶えた。
■
勝敗は決した。今度こそ動かなくなった異形を前に俺は小さく息を吐いた。
「やっと終わったぁ……」
隣ではティナが心底うんざりした表情でぼやいているが、その気持ちは充分理解できる。
辛うじて突破口を見つけ出せたとはいえ、あのままだったなら間違いなく終わりの見えない戦いとなっていただろう。
「どう?クラウス。もう嫌な感じはしない?」
「ああ、先程のような感覚は完全に消え去っている。俺達の勝利で間違いない筈だ」
「いや、”筈“って……。そこは自信持とうよ」
「先程の事もあるからな。魔具が使われている以上、最低限の警戒を抱く事に間違いはないだろう」
そもそも魔具は未だ解析しきれていない未知の部分が多い為、何が起きるか分からない。先程の山羊頭の魔具も、何故あのタイミングで起動したのか、何かしら起動のトリガーがあったのか、専門家でない俺には不明な点が多い。
とにかく、目先の危機を回避した今、俺達がするべき事は遺跡調査の続行だ。
「(とはいえ、だ」)」
ぐるりと周囲を見渡せば、悲惨な光景が広がっていた。壁、床、天井……全てが戦闘の余波で壊れている。正直、崩壊してもおかしくない有り様だ。それらを見て、ちょうどタイミング良くガラガラと崩れ落ちた壁を視界に収めながら一言、
「やりすぎたな」
「あ、さては結構やばいって思ってるでしょ」
「…………」
俺はそっと目を逸らした。やむを得ずとは言え、発見されたばかりの遺跡をここまで破壊してしまうなど流石にマズイだろう。
「相手が相手だったし、仕方ないんじゃない?少なくとも周囲に配慮しながら倒せる相手じゃなかったし」
それは確かにその通りなのだが、仕方ないで済ませてはキリがないだろう。戦闘行為はあくまで戦闘行為であり、決して免罪符では無いのだから。とはいえ、やってしまった事はどうにもならない。ならば、多少なりとも成果は必要だろう。
周囲に散らばる魔具の残骸。当然ながらこのままでは使えないが、無価値になったわけでは無い。然るべき場所に送れば研究材料として引き取ってくれる。それも含めて依頼の成果として加算されるのだ。
「やー、凄いねコレ。魔具が見事に真っ二つだよ」
そう言いながらティナは山羊頭の魔具を両手に持ち、断面を見比べていた。既に封印はかけられているようで再起動する様子は無い。依代となっていた異形もいない為、残るは遺跡の最奥の調査だけだ。
「で、クラウスはどう思う?」
「どう、とは?」
歩きながらもティナは俺へと問いかけてくる。
「エレンの血鎧に山羊頭の魔具。言っちゃえばどっちも対象の肉体に直接作用する魔具でしょ?それにあの異形……間違いなく人の手で作られた存在だよ」
「だろうな。そしてお前の言わんとしている事は分かる。あのような存在、仮に外から来ていたとしたならば間違いなく何かしらの情報が出ていた筈だ」
考えれば分かる事だ。あの異形は最初から理性が存在していなかった。そんな存在が別の場所から来ていたならば内容は問わずとも何かしらの被害が出ている筈だ。更に言えばこの遺跡には守護者たるゴーレムがそのまま存在していた。奴が外から来ていたならば、ゴーレムが破壊されていないのはありえない。であるのなら答えは簡単だ。あの異形は元々遺跡の中にいたという事だ。
「つまり、こういう事なのだろうな」
石扉を開け、その先に広がっていた光景を見て、俺は自分の考えが正しかった事を悟った。
「これ、実験場……?」
ティナの言う通り、ここは古代の実験場だ。使われている道具は今の物と比べれば古いが、当時の人間からすれば最先端の物ばかりだったのだろう。
「やはり、あの異形はこの場所が生み出した
言いながら辺りを調査していく。壁際には複数の檻が設置されており、中には奇妙な形に歪んだ骨が散乱していた。おそらくこれらも実験体だったのだろう。
「クラウス、ちょっと来て」
そんな中、ティナが何かを見つけたようだ。その手にはかなりボロボロだが、本のような物があった。
「それは?」
「たぶん、ここの研究資料か何かだね。古い文字だけど、辛うじて読めそう。ちょっと待ってて」
そう言ってティナは近くの場所に本を置き、ページを開いていく。
「虫食いが酷いな。読めそうか?」
「なんとかね。えーと、『またもや実験は失敗した。出来たのはただ力が強いだけの化け物だけだ。やはり人の肉体でなければ
そこまでティナが読み上げて俺達は互いに眉根を寄せながら顔を見合わせる。理を超える?太極に至る?どういう意味だかさっぱり分からない。いったいここで何が研究されていたんだ?
「ティナ、分かるか?」
「うんにゃ、さっぱり。マッドの考える事なんて理解出来ないししたくないけど、ここのは殊更分からないよ」
お手上げだとばかりに両手を挙げるティナを横目に俺はペラペラとページをめくっていく。時折何かの図式のよう物があるが、俺には理解出来なかった。これも調査してもらう必要があるか。
「さてと、これで依頼は完了かな。手伝ってくれてありがとうね、クラウス」
「礼には及ばないさ。では、帰投するとしよう」
こうして、様々な謎を残しながらも俺達の依頼は終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます