第4話:命を啜る遺跡

全身から無駄な力を抜き、右手を刀剣の柄に添える。敵の数は四、形状は狼そのものだが、通常の狼より一回り程大きく、二房の尻尾が特徴的だ。

奴らの名は“貪食狼”。B級の危険度を持つ魔獣であり、獲物を血も骨も残さずに食い尽くす事から名付けられた。冒険者で言うならば、銀級クラスの存在だ。奴らは獲物を見つけるとしつこく何処までも追跡し、その喉元に食らいつく。一度目をつけられれば実力を持たぬ者はその時点で終わりと称されている。

奴らは牙を剥き、涎を垂らしながらこちらを威嚇している。奴らにとって自分達以外の動物は全て餌だ。


『ガアッ!』


瞬間、先頭にいた狼の合図と共に四匹全てがこちらへと飛びかかってくるが、それは悪手だ。


「お前達の動きは、既に捉えている」


疾走と共に放たれる斬撃が狼達の体を捉えた。ズルリ、と分割された体が地面へと落下していく。一瞬で四匹の魔獣を討伐出来たと言えば聞こえはいいが、これは順当な結果なのだ。この狼達の脅威は群れによる巧みな連携にこそある。本来であればそれぞれが違う役割を担って狩りに望み、獲物を撹乱しながら追い詰めていく。しかし、今回この狼達は連携らしい連携を見せず、ただ真正面から突っ込んできただけだった。それではただの動く的だ。斬り伏せられない道理が無い。


「そして──」


視線を真横へと向ける。そこには茂みの中からこちらへと飛びかかる狼の姿があった。


「当然、それも読んでいた」


横薙ぎの一閃が、狼の体を両断する。


「これで最後か」


刀を鞘に収めながら周囲を見渡すも、生き残りは無しだ。


「お疲れ様。まさかこいつらが遺跡周辺に縄張りを作ってたなんてね」


背後からティナが声を掛けてくる。見ればその右手には青い刃を持つ直剣が握られており、薄っすらと光を放っていた。


「仕方なかろう。こいつらは血の匂いに敏感だ。ましてやここは俺でさえ勘付く程に血臭が濃い。その発生源は当然──」

「うん、この中だろうね」


そう言いながら俺とティナは視線を目の前にある遺跡の入り口へと向ける。空は快晴、太陽もこれでもかと燦々と輝いているというのに、遺跡の中は光を拒絶するかのように真っ暗だった。


「ティナ、気付いているか?」

「そりゃあね。これで気付かない方がおかしいでしょ」


遺跡に視線を向けたまま問いかければ肯定の言葉が返ってくる。

そもそも、貪食狼の習性を考えれば、より血の匂いのする遺跡の中へと行く筈なのだ。それが遺跡の中へは一歩も足を踏み入れず、その周辺をうろつくだけなど明らかにおかしい。


「つまり、この中にはそれだけやばい奴がいるって事だね。こいつらの食欲を凌駕する恐怖心を植え付けた奴が」

「だろうな。そしてそれこそが銀級冒険者の尽くを死に追いやった元凶、か。さて、鬼が出るか蛇が出るか」


あるいは、もっとタチの悪い怪物が出るかもしれない。いずれにしても、自分のやる事は変わらない。


「俺に出来る事はただ敵を斬る事だけだ」

「うん、それでいいよ。それじゃあ、行こうか」


その言葉を皮切りに、俺達は遺跡へと入っていった。



足りない。


足りない足りない。


足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない。


この程度の血では、この程度の肉では、この程度の雑魚では全く満たされない。


もっとだ、もっと寄越せ。戦士を、強者を、英雄を。


我が刃の渇きを潤さんが為に。


我が身体の疼きを癒さんが為に。


我が魂の飢えを満たさんが為に。


貴様らの命を、寄越せ。



巨大な石斧が横薙ぎに振るわれる。それをしゃがみこんで回避すれば、石斧が頭上を唸りながら通過し、俺の後方に並ぶ立つ石柱を数本纏めて破砕する。

チラリと一瞬だけ砕けた石柱を一瞥し、その破壊力を再認識する。


「(これは、一撃でも受ければ即死だな)」


周囲の壁や床には所々に赤い染みが付着している箇所があり、おそらく目の前にいるこいつの犠牲者の物であろう事が分かる。そしてそれらを作り上げた元凶へと再び意識を向けた。


「(古い時代の遺跡だからな。当然、こいつも配備されてるか)」


そこにいるのは石で出来た六メートル程の大きさを誇る巨人。生物ではなく、体内に存在する魔力機関で動く人造兵器。『ゴーレム』。


『オオオオオォォォォォ……!!』


腹の底に響くような重低音の雄叫びを上げながらゴーレムは再び石斧を振るう。幸いにも攻撃そのものは単調な為、回避する事は難しくない。今までもこの程度の大きさのゴーレムを相手取った事はあったが、これは今までのゴーレムとは毛色が違う。


例えば、こんな所とか。


「フッ!!」


放たれる剣閃がゴーレムの右脚を斬り裂く。硬くはあるが、この程度ならば問題ない。問題があるとすれば別の点だ。

斬り裂いたゴーレムの断面から緑色に光る繊維のような物が伸びていき、切り離された破片へと繋がっていく。破片は元の位置へと戻って行き、最後は元通りに修復されてしまった。


「自動修復機能を持つゴーレム、か。贅沢な事だ」


どれだけ砕かれようが、元となる魔力が尽きぬ限り何度でも再生して侵入者を排除する。なるほど、これは確かに厄介だ。


「そして……」


後退しながら視線をゴーレムの先へと向ければ、ティナが同じタイプのゴーレムと戦闘を行っていた。そう、ゴーレムは二体居るのだ。一体だけでも厄介な自動修復するゴーレムが更にもう一体。なるほど、この時点で銀級の上位クラスの難易度だ。


「しかし、いつまでもこれでは埒が明かんな」


ゴーレムは厄介ではあるが、このままただ戦闘を続けていても状況は変わらない。


「故に、少々強引に押し切らせてもらおう」


神経を研ぎ澄ませ、刃を構える。ゴーレムが石斧を振り上げるが、遅すぎる。何故なら、こちらは既に攻撃態勢に入っているのだから。


「オオォッ!!」


疾走、そして斬滅。ゴーレムの両脚を無数の小石同然に斬り刻みながら俺は奥にいるもう一体のゴーレムへと跳躍。全身をコマのように回転させながら刃を振るい、その体を横一文字に両断する。


「おお、お見事」


そのままティナの真横に着地すると、拍手と共にそんな言葉をかけられた。


「倒した?」

「いや、あくまで動きを止めただけだ。すぐに動き出すだろう」


現に自動修復機能は今も働いている。ゴーレムはすぐに立ち上がるだろう。


「やはり元を断つしかないか」

「だね、それじゃあ狙いはコアかぁ」


目の前で立ち上がる二体のゴーレムを見ながらも俺達は会話を続ける。


「行けるか?」

「当然」


俺の言葉にティナは笑みを浮かべて即答した。ならば、問題など何処にもない。


「それじゃあ、やろうか。──“顕現せよアドヴェント”」


瞬間、ティナの言葉に反応して細剣が紅い輝きを放つ。そして、彼女の周囲に同じような輝きを放つ刃が合計8本現れる。

『輝剣クラウ・ソラス』。ティナ・リングウッドの持つ主武装にして彼女の代名詞とも言える古き魔具だ。

その能力はいくつかあり、そのうちの一つがこれだ。剣を複数生み出し、自身の意のままに宙を舞う飛翔剣として操る。


「往け!」


彼女の合図と共に剣群は高速で放たれ、ゴーレムの腕を斬り裂いていく。そのまま剣は生き物のように周囲を飛び回り、ゴーレムの体の修復速度を上回る勢いで削っていく。

そして、一本の剣がゴーレムの中心へと突き刺さり、ティナが指を鳴らすと共に爆発した。周囲に響き渡る石が砕ける破砕音とガラスが割れるような小さな音。そして土煙が晴れた時、そこに輝く緑色の結晶を視界に収めると同時に疾走。間違いなくあの結晶がコアだ。ティナが作ったこの好機、無駄になどできはしない。

先程と同じく跳躍。しかし、今度は斬るのではなくその切っ先を向け、修復されるより先に突きを放つ。切っ先はコアを易々と貫き、それと共に修復の動きが止まった。力の源であるコアを潰されたゴーレムは末端から崩れていき、あっという間に物言わぬ石塊と化していった。


「あと一体」


崩れていくゴーレムの破片を足場に跳躍。もう一体のゴーレムのコアがある箇所へと刃を振るう。ゴーレムの中心部が斬り刻まれ、露出した緑色の結晶へと先程と同じように刃の切っ先を突き刺した。


「む……」


しかし、手に伝わる硬質な感触に違和感を覚え、俺はすぐに後退した。


「どうしたの?」

「刃が弾かれた。コアそのものに物理障壁が張られているな」


物理障壁。魔力による強固な障壁を作り出し、物理的攻撃を無効化する防御魔術だ。


「物理障壁?でもさっきのゴーレムには張られてなんて……」

「いや、張られていたのだろう。おそらくだがティナの放った輝剣の爆発により物理障壁が破られた」

「ああ、なるほど。確かに物理障壁は物理的な攻撃には強いけど魔術に対する防御力はからっきしだしね」


そう、物理障壁は魔力を使った攻撃に弱い。それこそ初級魔法一発で容易に砕ける程だ。それでも魔力以外での攻撃になら無敵に近い防御力を誇る為、強い魔術である事に変わりはないが。

しかし、このゴーレムを製作した人物は大した腕を持っていたようだ。自動修復機能を持っているから耐久力があり、弱点であるコアには物理障壁で守りを固めている。製作者はさぞや名のある魔術師だったのだろう。魔術の世界に疎い俺でも驚嘆の念を抱く程だ。


「で、どうする?さっきみたいに私が障壁を剥がす?」

「いや……」


チラリと、自身の持つ刀剣を一瞥する。


「俺がやる」


言葉と共に大地を蹴る。疾駆する俺へと横薙ぎに振るわれた石斧を上半身を屈める事で回避し、その上で速度は一切緩めない。やがてゴーレムの足元まで辿り着いた瞬間、斬り上げながら跳躍。そのままゴーレムの胸部まで飛び上がると、空中で留まったまま刃を振るう。

何度も、何度も何度も。物理障壁もなにも関係なく、神速の斬撃がゴーレムの上半身をバラバラに斬り刻んだ。

そうして、残った下半身を蹴り砕きながら背後に飛び、再びティナの側へと降り立つ。


「ふむ、上手くいったな」

「……あー、なるほど」


そんな俺を横目にティナは無茶するなぁと嘆息する。


「刀に魔力を纏わせて強引に障壁を斬り裂くとか、力技過ぎない?普通に私の付与魔術エンチャントでも良かったんじゃ?」

「確かに、効率を考えればそちらの方が良かったかもしれないが、これから先に同じ様な奴が出現しないとも限らんからな。その時に倒せなかったでは言語道断だろう」

「真面目だなぁ」

「真面目にやるに越した事はない。冒険者にとって敵手への対処の有無はそのまま自身の生死に関わってくるからな。ましてや俺のような凡才にとっては尚の事だ」

「またそうやって自分を卑下する……」


口を尖らせてこちらへとジト目を向けてくるが、そちらから視線を逸らし、周囲を見渡す。


「さて、だいぶ進んだが……やはり妙だな」

「そうだね、敵の数が少なすぎる。ここまで進んで出てきたのがこのゴーレムだけだもの」


そう、ここに来るまでに現れた魔物は皆無に等しい。時折、魔物の影らしきものはあったのだが、隠れたまま出てこなかった。それはまるで、何かに怯えているように見えた。


「表にいた貪食狼と一緒だ。この遺跡の中にいる元凶を極端に警戒している」


だが、どこか引っかかる。例えこの遺跡の何かを警戒しているとして、ここまで怯えている相手というのは一体何だ?

このゴーレムは違うだろう。たしかに厄介ではあるものの、これはあくまで遺跡の防衛機能の一つに過ぎず、魔物が怯える程ではない。

では、なんだ?奴らは何を恐れている?金級の魔物か、悪魔デーモンか、あるいは別の何かか。

考えていると、ティナがこちらの肩に手を置いてきた。


「考えても始まらないでしょ。ここに留まってたって何も変わらないんだからさ。何が待ってるかなんて進めば嫌でも分かるんだし」


確かに、ティナの言う通りだ。依頼の達成を考えるならば、進む以外に選択肢は存在しない。


「……では、行くか」

「了解♪」


ゴーレムが守っていた石扉を開き、その先へと足を踏み入れる。



────ミツケタ。



「「────ッ!?」」


瞬間、突如襲いかかってきた異様な感覚に、俺達は咄嗟にそれぞれの剣を構えた。


「ねえ、クラウス。今のって……」

「ああ、捕捉された・・・・・


空気が変わる。言いようのない重圧が空間そのものを侵食するように伝播していく。そして、変化は如実に表れた。


『────ォォォォォォ!』


何処からか聞こえてくる獣のような咆哮と、何かを砕くかのような破砕音。それらを聞き、更に足から伝わってくる微細な振動を感じ取った瞬間、俺は奴が何処から来るのかを理解した。


「避けろティナ、下だッ!」

「分かってる!!」


俺とティナがほぼ同時に真横に跳躍した瞬間、先程まで俺達が立っていた場所の床を突き破り、床を瓦礫に変えながらソレ・・は現れた。

まるで大量の血を被ったかのように真っ赤な全身鎧にボロボロのマント。その手に持つのは血と錆に塗れた大剣。その目が宿すのは、ただただ獲物へ向けられた殺意だけだ。

奴はその視線をティナへと向ける。その瞬間、俺はほぼ無意識にティナの眼前へと刃を振るった。常であればただの愚行だが、腕に伝わる衝撃と鋼同士のぶつかり合う音にその判断が間違いではなかったと確信した。

何の事はない。あの赤い戦士は空中で回転すると、空中にあった瓦礫の一つを足場とし、ティナへ向けて吶喊した。そしてティナの意識を超えた速度で叩きつけられた大剣を咄嗟に放った俺の刀剣が弾いたのだ。

偶然とはいえ、おかげでティナの命を救えた。その事に安堵するより先に奴の視線がこちらへ向けられる。殺気を感じ取るよりも先に赤い戦士は嵐の如き猛攻を放ち続ける。それらを弾き、いなし、躱していく。こちらもまた攻撃を繰り出すが奴も同じように凌いでいく。


「苛烈だな。攻撃の速度、力──双方共に人を遥かに超えている」


鍔迫り合いに移行しながら称賛の声を上げる。手元から伝わる力は今まで感じた事がない程に力強い。

しかもそれだけじゃない。この戦士の攻撃には確かな術技が感じられる。戦士の持つ技巧の冴えは、明らかに経験と研鑽を積み上げてきたものだ。今はなんとか食らいついているが、このままでは押し切られるかもしれない。


「だが、それは俺が単騎ひとりであった場合だ」


瞬間、鍔迫り合いの状態から戦士が背後に飛び退いた。それと同時に戦士がいた場所を輝剣の群れが降り注ぐ。


「隙を晒したな」


その瞬間を狙い、俺は戦士との距離を一気に縮める。かつてとある人物により教わった魔力放出を用いて奴の懐へと零距離にまで近づき、十文字に剣閃を放つ。当然ながら防御されるがそれも狙い通りだ。何故ならこの攻撃は威力と重さを重視した剛の剣。その場凌ぎの防御など簡単に弾かれる。そして、その際に生じた隙──無防備な胴へと再び輝剣が放たれる。防御も回避も間に合わず、奴の体を後方へと吹き飛ばした。


「さて、これで仕留められたなら上出来だが……」


チラリと横に並び立つティナへと視線を向けると、フルフルと首を横に振った。まあ、当然だろう。これで仕留められるのなら、金級の依頼にまで上がるわけがない。


「覚悟を決めろ、魔紅輝剣クラウ・ソラス。おそらくここが正念場だ」

「覚悟?そんなもの、とっくの昔に出来てるよ」


その頼もしい返答に、思わず笑みが溢れてしまう。


「であれば、いざ」


その言葉を合図に、再び死闘が始まった。

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