第3話:魔紅輝剣

初めて人を斬ったのは、冒険者になってから半年の事だった。


屋敷に居た頃は剣の鍛練こそすれど、実戦を経験した事はほとんど無かった。

そんな俺が、他者を斬殺する事になった切っ掛けはとある依頼を受けていた時の事だった。

とある魔物の討伐を終え、帰路についていた時に何処からか人の声が聞こえてきた。気になって見てみれば、そこにいたのは当時の俺と同年代の少女が盗賊らしい装いの男二人に服を剥がれかけていた。少女は必死に抵抗しているが、流石に体格差があり過ぎる。おまけに動きに違和感がある所を見るに一服盛られたらしい。このままではろくな目に合わないのは確かだろう。


「………………」


この場に俺が出たところで、少女を救う事など出来るのだろうか。こんな俺に、誰かを守る事が出来るのだろうか。相手は盗賊だ、間違いなく戦闘になる。勝てる保証が何処にある?ただ無様に屍を晒すだけじゃないのか?そういった思考が頭を巡り、瞬時にカチリと何かが嵌る。

逡巡は一瞬。ここで考え悩んだところで何一つとして変わらない。ならば行動に移した後で考えよう。


「何をしている」


声をかけた瞬間、男共は瞬時にこちらへと顔を向け、これでもかと睨んでくる。どうやらお楽しみを邪魔されたのが気に入らないらしい。


「あぁ?なんだテメェ」

「通りすがりの冒険者だ。ここには依頼の帰りで偶然通ったんだが、見過ごせぬ場面に出会したからな。声をかけさせてもらった」


そう言うと、男達は立ち上がり、片方がこちらへと近づいてきた。


「冒険者だぁ?テメェみてえな小便臭えガキが?へ、随分とお優しい時代になったもんだ」


その言葉に何が面白いのかもう片方の男はゲラゲラと笑う。こういった輩の笑いのツボは一体どこにあるのだろうか。


「ま、いいさ。おいガキ、死にたくなけりゃ装備と有り金全部置いてけ。そうすりゃ、命だけは助けてやるぜ?」

「断る」


即答した俺に男は額に青筋を浮かべた。


「聞き間違いかなぁ?何かふざけた言葉が聞こえた気がするんだが」

「断ると言った。金も武具も、お前達にくれてやる為に持っているわけではないのでな。何より、賊に与える物など何一つとして持ち合わせていない」


その言葉に男は腰の短剣を引き抜き、刃を見せびらかすように笑みを浮かべる。その目には心底こちらを馬鹿にしたような嘲りの感情が宿っていた。


「なるほどなぁ、どうやらただの英雄気取りの馬鹿だったみてえだ」

「英雄を気取ったつもりなんて欠片も無いんだが?」

「うるせぇ!!大人しく死んどけ!!」


俺の言葉に男は途端に激昂して短剣をこちらへ向けて突き出してきた。それを認識した瞬間、ほぼ無意識に俺の体は動いていた。即座に鞘から剣を抜き、短剣を弾き飛ばす。返す刃で右腕、胴、左足、最後に首を断つ。


「……は?」


訳がわからないと、疑問に満ちた声を最後に男の体は積み木のように崩れ落ちた。


「なっ、て、テメェ!!何をしやがった!?」


それを見てもう一人の男が叫ぶが、俺はそれどころじゃなかった。


「………………」


初めて、人を斬った。ほぼ無意識とはいえ、自分の意思で他者を斬殺した。だというのに、心に響く物があまり無い。魔物を斬った時と比べ、多少心に波が立った程度だろう。

それが指し示す事は、つまり。


「なるほど、俺は俺が思った以上に人でなしだったらしい」


つい、苦笑が漏れる。自己嫌悪、とまではいかなくとも自分自身に若干のやるせなさを感じた。


「さて……」


ついと視線をもう一人の男へ向けると、男はビクリと体を震わせながら腰から直剣を抜く。


「提案だが、ここで引くつもりはないか?見逃してやる、なんて偉ぶるつもりは毛頭ないが、それでも無意味に殺生を選択する程血に酔ってはいないんでな。出来れば穏便に済ませたいんだが」


どの口でとは思うが、別に俺は他者を斬る事に悦楽を求める殺人鬼でも、敵対する者全てを尽く滅ぼす破壊者でもない。殺さないで済むのならそれでいいと思うし、対話で済むのならそれでいいだろう。

しかし、既に俺は彼の仲間を殺してしまっているわけで。


「ふ、ふざけんな!!馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!!」


こうなるのも当然と言える。俺も似たような状況になったら同じような感想を抱くだろう。


「……だろうな。ならばもはや言葉は無用」


ゆらりと、剣を構える。体から余計な力を抜き、あらゆる攻撃に対応できるように。


「死にやがれええええええ!!」


叫びながら向かってくる男を見て、そうなるだろうなと頷いた。仲間を殺され、馬鹿にするような提案をされ、心を乱された男がどのような行動に移るかなど分かりきっている。


「故に、これで終わりだ」


言葉と共に放たれた一撃が、男の体を逆袈裟に斬り裂いた。そして更に徹底的に、合計7つの剣閃が男を先程と同じように複数の肉塊へと変える。崩れ落ちる男には目もくれず、俺は襲われかけていた少女の元へと近寄っていく。

どうやら動けるようになってきたらしい。緩慢だが立ち上がろうとしている。


「大丈夫か?」

「う……キミは……?」

「冒険者だ。余計な世話かもしれんが手出しさせてもらった」

「手出し……?」


そこまで言って少女はこちらへと顔を向ける。そこでようやく彼女の容姿を見る事ができた。

新雪のような白銀の長髪に青色の瞳。首にかけられた認識標を見るにどうやら同業者であったらしい。彼らが狙ったのも分からなくはない程可憐な容姿をしている。人と比べて長い耳を持っている事からエルフの血を引いているらしい。道理で容姿鍛練である訳だ。


「俺はクラウス。同業者のようだが、名を聞いても?」

「う、うん。私は────」



「ん……」


目覚めた俺の視界に入ったのは、見慣れた天井だった。視線を部屋へと向ければ窓から差し込んだ日の光が部屋の中を照らしている。


「朝か。随分と懐かしい夢を見た」


今でも思い出す俺の初体験と出会いの夢。しかしそれを今見るとは、昨日のギルド長との話が影響しているのだろうか。


「さて、今日はどうするか」


部屋を出て、廊下の窓から空を見上げれば、澄んだ青空が広がっていた。この様子だと当分雨は降らないだろう。


「(それにしても、ギルド長も俺を買い被りすぎだ。銀級冒険者でさえ俺の身に合ってるのか疑問だというのに)」


ギルド長との最後の会話を思い出す。俺は以前から何度かギルド長に金級への昇格試験を受けないかと提案されていた。その度に断っているのだが、あの様子だとまだ諦めていないのだろう。善意での提案だと分かってはいるが、俺如きが金級なんて荷が勝ちすぎている。


「(どうにかならないものか……)」


そこまで考えて、嘆息しながら思考を中断する。考えたところで打開策が出るわけでも無いのだ。それに、ギルド長はあくまで提案で留めてくれている。別の冒険者ギルドの中にはギルド長の権限で強引に階級を上げたり下げたりする場所もあるという。それに比べれば温情だろう。


「行くか」


身嗜みを整え、愛刀を携えるとそのまま家を出た。



「おい、聞いたか?勇者の話」

「ああ、北の巨人を倒しちまったんだろ?すげえよな」

「噂じゃあ、その時に剣聖を仲間にしたんだってよ」

「マジか!?こりゃあ、魔王討伐も夢じゃねえだろうな」


道中、そんな話し声が聞こえてきた。どうやら妹の旅路は順調らしい。こうやって様々な場所で妹の活躍を聞くと、柄にもなく誇らしさを感じてしまう。

少しばかり軽くなった足取りのままギルドへと向かうと、中は既に複数の冒険者で賑わっていた。やはり冒険者ギルドは賑わってこそだなと思いながら空いてる席の一つに座る。今日も何か依頼を受けるつもりだが、とりあえずは腹ごしらえだ。自炊も出来なくはないのだが、ここの料理人の作る食事の方がはるかに美味い。おまけに値段も客の懐に優しい設定だ。金欠気味な新人達には非常に助かる話だろう。現に俺も今までずっと世話になってきている。


「ふむ……」


通りかかった女給に注文を頼み。何気なく周囲に目を向ける。何やら年若い少年少女達が多い。更に目を凝らせば、首元に下げられているのは白級の認識標。ようするに駆け出し冒険者の証だ。

彼らの表情は様々だ。これからの冒険に目を輝かせる者、自分のこれからに不安を抱く者、その二つを見据えて自分は違うのだと何処か見下した表情をしている者。人によってはそれぞれの表情に何か思うものがあるのだろうが、俺からすれば三者共可能性を秘めていると言える。一人目ならば夢を抱いて何処までも前に進めるだろうし、二人目ならば慎重かつ堅実に実力を高められるだろうし、三人目ならば誰よりも強く誇りを抱く事が出来るだろう。無論、必ず大成する訳では無いが、それでも十分に彼らは可能性に満ちている。

そうして、内心期待を抱きながら女給が持ってきてくれたサンドイッチを手に取ろうとした瞬間、横から伸びた手が皿に乗ったサンドイッチの一切れを持っていった。それを見て誰が犯人なのかを瞬時に理解して思わずため息を吐く。


「今更文句は言わんが……食べたいのなら自分で注文すればいいのではないか?まさかお前が日々の食事に困っている訳でもあるまい」

「いいじゃないか、ケチケチしないでも。私も何か食べようかなって思ってたからちょうど良かったよ」


呆れながらもチラリと顔を上げれば、一人の少女が心底美味そうにサンドイッチを頬張っていた。白銀の美しい長髪に青色の瞳、端麗な容姿は何処か神秘的な雰囲気を宿しており、常人ならば直視したまま呆然としてしまうだろう。

彼女の名はティナ・リングウッド。縁あって交友関係を持っているエルフの少女であり、このギルドの金級冒険者の一人だ。


「全く、相変わらず自由だな」

「まあね」


別に褒めている訳では無いのだが、何故か渾身のドヤ顔をされた。特に抱く感想も無かったので顔を戻すが、どうやらその態度が不満らしく、髪をワシャワシャと撫で回される。


「おーい、スルーは傷つくぞー?ちゃんと反応しろー。てか私に構えー」

「もう既にお前の方から構っているのだが?」


本来、エルフという種族は誇り高く、他者との物理的接触を好まない。家族や恋人は別だが、同性の友人でさえ許可無く触れられる事を嫌がるという。

その筈なのだが、ティナに限っては話は別だ。何せ自分からベタベタ触れてくるのに接触を好まないもクソも無いだろう。

とはいえ、流石に誰に対してもそうという訳では無いようだが。セクハラかまそうとした冒険者を背負い投げでノックアウトしたのは、今も記憶に強く残っている。

そうして満足そうに頷くと、俺の向かい側の席に座る。


「それで?今日は何の用だ?まさか俺の朝食をたかる為だけに来た訳ではあるまい?」

「んー、その言い方ちょっと引っかかるなー。理由が無ければキミの所に来ちゃダメなの?」


俺の問いにティナは不満そうに口を尖らせるが、そうじゃない。


「そうは言っていない。ただ、今までの経験上、今のお前の雰囲気の場合だと大抵は何かしら用件があったからな。今回もそうなのだろうと思ったのだが、違ったか?」

「違わないけど……。ねぇ、私ってそんなに分かりやすい?」

「いや、これは俺の経験則だ。お前でなければそこまで分からないさ」

「ふーん、そっか。私でなければ、かぁ」


何が嬉しいのか、ティナは嬉しそうに笑みを浮かべて頷いている。そうしてすぐに机の上に一枚の依頼書を広げた。それを手に取り、内容に目を通す。

内容は遺跡の調査だ。それだけならよくある依頼の一つなのだが、その依頼に対する対象クラスが問題だった。


「ティナ。頼む相手を間違えてないか?これは金級の依頼書だぞ」

「間違えてないよ?私はキミに手伝ってもらおうと声をかけたんだもの」

「銀級冒険者のパーティー数組が行方不明とあるのだが」

「うん。だから金級に依頼が回ってきたんだよ」

「俺は銀級だぞ」

「規定を忘れたの?該当クラスの冒険者がいるなら一ランク下までの冒険者は同行を許可されるんだよ」


知っている。ギルドそのものの規定として許可されているのは分かるが……。


「うん、まだるっこしいからストレートに言わせてもらうね。これは、私からキミへの正式な依頼なんだよ。魔紅輝剣クラウ・ソラスから斬滅神剣ノートゥングへのね」

「…………」

「当然だけど、強制ではないよ。受けるか受けないかを決めるのはキミだし、そこは流石に弁えてるさ。ただ、私個人としてはキミに来て欲しいと思ってる」


そう言う彼女の表情は先程とは別人のようだった。流石は金級冒険者と言うべきか、依頼に対しては真面目だ。だからこそ、この依頼も冗談などではないのだろう。


「ふむ……」


瞑目し、考える。冒険者として考えるなら悪い事ばかりではない。金級の依頼とあり報酬は銀級の依頼よりずっと上だ。更にティナ自身も数々の金級依頼をこなしてきた身だ。信頼も信用も備えている。金級の依頼とあって危険性も高いが、そもそも冒険者とは死と隣り合わせの職業。危険であるなど百も承知だ。

それに、友人からの頼みだ。打算抜きにして何とかするべきだろう。


「分かった。その依頼受けさせて貰おう」

「本当!?やったぜ最高、恩に着るよクラウス!!」


勢いよくこちらへと身体を乗り出しながら喜色満面の笑みを浮かべる。心なしか、彼女の目も喜びで輝いているようだ。


「じゃ、早速行こうか!」

「ああ」


そう言って彼女はそのまま受付へと向かい、俺もその後に続く。さて、せめて彼女の依頼達成の一助になれるように務めるとしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る