第2話:レアル支部の斬滅神剣
この世界で俺は、貴族の息子として生まれた。ドラグニア家という、ヴェルニア王国に古くから続く騎士の家系だ。
数千年の歴史を持つヴェルニア王国の中でも、ドラグニア家は特に古い家系の一つだった。とりわけ初代当主の武勇は凄まじかったと聞く。魔術と剣術の二つを極め、他国との戦争においては多くの武勲を立てて国に貢献したらしい。そして、ドラグニア家の当主は代々魔術と剣術の二つにおいて高い才を持つ者が継いできた。それはドラグニア家の始まりである初代を敬い、 その意志を繋いでいくためだ。
ドラグニア家にとって、ましてや当主の血を引く者にとって、剣術と魔術。その二つを極める事は義務と言っていい。
しかし、俺にはその二つを極める事が出来なかった。何故なら俺には魔術の才能が無かったからだ。魔力を用いた身体強化はかろうじて出来るが、それ以上となるとからっきしだ。火種を起こす程度の魔術さえ使えない。
それに比べて妹は天才だ。なにせ齢12歳の時点で上級魔法を複数取得した上に最上級魔法すら使用できるのだから。更に剣の腕も凄まじい。このまま行けば俺程度は容易く上回るだろう。
何より、彼女には幼少の時にとあるスキルを取得していた。そのスキルの名は『聖王の光剣』。能力は聖剣の召喚、及び自身の能力の超強化。紛れもなく最優のスキルであるが、それだけではない。問題は聖剣の召喚という能力にある。
何故ならこのスキルを得たという事は妹が選ばれた存在──勇者である事を示しているからだ。当然、国中が上へ下への大騒ぎだ。
そして、察しのいい人間はこの時点で気づくだろう。国中から称賛される程の才覚を有した勇者の少女。であれば当然、その兄とされる人物は如何程か、と考えるだろう。そして俺の有り様を見てこう思うわけだ。
──こいつは本当に勇者の兄か?
まあ、当然だろう。剣術と魔術で国に貢献してきてドラグニア家の中において、俺だけが魔術の才能を持たないのだから。周囲から侮蔑の視線を向けられるのは仕方のない事だ。間違いなく俺はこの家にとって厄介者だろう。周囲の貴族達の言葉を借りるなら、品位を落とす出来損ないだ。
だというのに、両親は変わらず俺に愛情を注いでくれた。妹はこんな俺を尊敬してくれた。使用人達も俺を主と認めてくれていた。
ああ、全く。俺の家族は揃いも揃って善人過ぎる。こんな穀潰しの為に動く必要など無いと言うのに。本当、あの人達は俺の最大の誇りだよ。
とはいえ、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。何せドラグニア家傘下の貴族からは俺を勘当しろという嘆願書すら届いているのだから。彼らの不満は日に日に増していっているだろう。父は気にするなと言っているが、そうもいかない。俺如きの為に歴史ある家系に傷をつけるなど許されない事なのだから。
であるならば、俺は────。
□
冒険者ギルド。それは冒険者と呼ばれる職種の人物達のサポートを生業とする組織の事である。具体的には依頼の斡旋、アイテムの換金、サポートアイテムの販売などなどだ。
ギルドはそれこそ世界中に点在しており、その国その地域の冒険者達の拠点となっている。
冒険者になる人間は様々だ。一攫千金を狙う者、純粋に憧れからなる者、食い扶持を稼ぐ者と多岐に渡る。
そして、この街に建つレアル支部こそが、俺の所属する冒険者ギルドだ。
「さて、行くか」
ギルドに入ると、中には大勢の冒険者が居た。何人かがこちらへと視線を向けるが、構わずにギルドの受付嬢の元へと向かう。そのうちの一人がこちらに気付いた。
「お帰りなさいクラウスさん。依頼はどうでしたか?」
いい笑顔だ。冒険者の中でこの笑顔に癒されているファンが多いというのも納得だ。
「依頼は達成した。山犬達が人々を脅かす事は二度と無い。一応の証として首領が持っていた曲剣を持ってきたが……」
「分かりました。それはこちらでお預かりしますね。では、こちらが報酬となります」
受付嬢はそう言ってドン、と金貨の入った袋をカウンターに置く。それを受け取ると、そのまま次の用件に移る。
「すまない、今ギルド長はいるか?少し話したい事がある」
■
ギルドの2階にある応接間。そこで出された紅茶を飲んでいると、ガチャリと扉が開いた。
「いや、すまない。遅くなってしまったね」
「いえ、無理を言ったのはこちらですので」
入ってきたのは眼鏡をかけた妙齢の美女だった。くすんだ金髪をセミロングまで伸ばし、目元にある泣き黒子が特徴的だ。どこか独特の雰囲気を漂わせているこの女性の名はレティア・フォルト。このギルドのトップであり、数百年を生きる魔女の一人でもある。
「さて、話があるとの事だったが。いったい何かな?」
「はい。実は────」
そうして、俺は盗賊団討伐の依頼の際に起きた出来事を話した。盗賊団の首領が持っていた髑髏の短剣を持っており、それは使用した人物は悪魔のような姿へと変貌させる魔具であった事。その話を聞き、レティアは顎に手を当てて考え込んでいた。
「ふむ、使用者を──正確には刃を突き刺した対象を異形へと変える魔具か。おそらくそれは“ネムビスの呪爪”だろうね」
「知っているのですか?」
「ああ、古い魔具の一つさ。とはいっても一回切りの使い捨てな上、姿を変える以外はそこまで強力な力は持たないね。多分膂力とか生命力が上昇した程度だろう?」
その質問に頷きで返すとレティアはやっぱりという顔でため息を吐く。
「まあ、君も知っての通りあの魔具で強化されても銀級の冒険者なら問題なく倒せるレベルだろう。だから、君が懸念しているのは別の事なんだろう?」
「その通りです。奴らが魔具を入手したというだけならば特に問題はありませんが、彼らが魔具の使用方法を最初から知っていたとなると話は別です」
そもそも、魔具というのは見た目で全てが分かるほど単純では無い。どういう用途で使うのか、そもそもどのようにして扱うのかは初見では一切不明だ。これが市場に出回っている物ならば操作方法も分かるのだが、今回のものは明らかに市場の物とは別物だ。仮にただの盗品であったとしたならばただの盗賊が使用方法を知っているというのは明らかにおかしい。それが何回も使えるものなら分かるが、あれは一回限りの使い捨て。試しに、なんて使ったらその時点で魔具は使えなくなるだろう。まあ、何が言いたいかというとだ。
「つまり君はこう言いたいわけだ。この魔具を盗賊団に流した誰かがいると」
「あくまで可能性の一つですが。そういう事です」
「なるほどなるほど。たしかに、可能性としてはあり得るなぁ。量産型の魔具といえど、そう道端にポンポン落ちている物では無いからな。分かった。こちらでも調べておくとしよう」
その言葉を聞き、俺は内心ホッとする。この人が動いてくれるのなら、悪い結果にはならないだろう。さて、これで俺のお勤めは終了だ。
「お忙しい中ありがとうございます。では、自分はこれで失礼します」
「うん。報告ありがとう」
さて、腹が減ったな。1階で飯を食ってから家に帰るか。そう思いながらドアノブに手を伸ばした瞬間、
「ああ、そうだ。なあ、
その言葉を聞いて、俺はピタリと動きを止めた。そんな俺に構わず、レティアは言葉を続ける。
「そろそろ、昇級試験を受ける気にはなったかな?」
おそらく笑みを浮かべながら言ったであろうその言葉に、俺は小さく嘆息しながら振り返る。
「……いえ、今の所受ける予定はありません」
「ん、そっか。それは残念」
「それと、その
「おや、私はいい呼び名だと思うが、君は気に入らないのかな?」
「気に入る入らないよりもまず、不相応と思います。俺如きが神剣を名乗るなど、烏滸がましいにも程があるでしょう」
“
だからこそ、俺はこの二つ名は相応しくないと感じている。だってそうだろう。そもそも俺はドラグニア家の出来損ないだ。魔術の才はからっきしで得意と言えるのはは剣を振る事だけ。その得意分野さえいずれ誰かに追い越される程度のものだろう。そんな輩が?よりにもよって神剣を名乗る?それは些か、恥知らずだと俺は思う。
「ふむ?そうかな。少なくともこのギルドにいる高位冒険者は君を認めていると思うのだが。特に彼女とか」
「それこそ買いかぶりすぎですよ。しょせん俺は無銘の刀剣でしかない。彼女についても少しばかり過大評価が過ぎるだけでしょう。では、今度こそ失礼します」
そう言って俺は応接間を後にした。
◇
「……過大評価が過ぎる、か。逆だよクラウス。君は自身の評価を低く見過ぎだ。何故ならこのギルドの高位冒険者全員が、君には勝てないと思ったのだから。当然、私自身もね」
応接間で一人レティアは紅茶の入ったカップを傾けながら呟いた。思い返すのは先程自分が相対していた一人の青年。
彼が来たのは今から五年前の事だった。妙に身なりのいい冒険者志望の少年が来たと聞き調べてみれば、かのドラグニア家の長男であると知り卒倒しかけたものだ。更に調べれば、彼が少々特殊な立場にいる人間である事が分かった。代々魔術と剣術双方において高い素質を持つと言われるドラグニア家の生まれでありながら、魔術の才を持たない事。更に彼の妹が双方の高い素質のみならず、勇者のスキルに目覚めている事。それらが重なった事で貴族社会に居場所が無く、現在は武者修行という名目で貴族社会から離れているという。
たしかに貴族は見栄というものを重要視する。おまけに勇者の兄である事から周囲の貴族達は更にハードルを上げているのだろう。いくらドラグニア家自体が気にせずとも、貴族達は不満を抱いているのだろう。勇者の兄に出来損ないはいらない──と。
それを即座に悟り、貴族の世界から離れた彼の判断は結果として正しかったと言える。
冒険者を選んだのは、手っ取り早く食い扶持を稼ぐ為だろう。ならば是非も無い。魔術の腕さえ無くとも冒険者はやっていける。剣術の腕はあると言うし、ならば最低限戦う事は出来るだろう。
そう思っていたレティアの考えは、すぐに消え去る事となる。
それは、銅級の冒険者が彼に突っ掛かり、模擬戦をする事になった時の事だ。暇潰し程度の考えでレティアが彼の戦いを観戦して、絶句した。
────なんだ、この男は!?
たしかにクラウスの魔術の腕は凡才だった。問題は剣術の方だ。かつて、数百年間様々な冒険者を見てきたレティアから見ても異常な才能。魔術の才能の有無などどうでも良くなる程の天才と呼ぶ事すら烏滸がましい実力。
かつては金級の冒険者であった自分の最盛期の時でさえ決して彼には敵わない。そう思わせる程の才だった。
やがて、高位の冒険者であればある程、彼の才に次々と気付いていき、とある出来事が切っ掛けでこう呼ばれる事となる。
並ぶ者無き至高の刃、万物断ち切る
「問題は、彼がいまだに自分は凡才だと言ってる事だよなぁ」
謙虚と言えば聞こえは良いが、物事には限度がある。正直、彼がいまだに銀級である事に不満を抱く輩が多いのだ。とはいえ、彼の実力に気付いている者はそこまで多くないというのが救いではある。
「ま、今はそれでいいさ。いずれは然るべき
全てを斬り裂く神剣に、銀級の
「その時が来るのを、楽しみにしているよ」
そう言ってレティアは、カップに残った紅茶を一気に飲み干した。
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