自称凡人の斬滅神剣
タマネギ1
第1話:プロローグ
転生というものがある。
簡単に言えば、一度死んだ者が全く違う世界に生まれ変わるという、創作物などではポピュラーなものだ。
例えば、車に轢かれたと思ったらどこかの家の子供として転生する。
例えば、神を名乗る人物のミスで死んだため、その詫びとしてチート能力を与えられて異世界で再スタートを切る。
これ以外にも細かい内容の違いを挙げれば色々なパターンがある。いずれにせよ、そういった転生を果たした者は、大抵何かしらの能力を持っている事が多い。
圧倒的な力、膨大な魔力、人智を超えた異能、お前はどこの執事だと言わんばかりの家事スキル等、多岐に渡る。挙句の果てには明らかに世界を滅ぼしてくださいと言わんばかりの絶対的な力を持つ者もいるのだから、まったくもって無節操にも程がある。
まあ、それはいい。本題は俺が何を言いたいかだが……まあ、この内容を話した時点で察せるだろう。
信じがたい事だが────俺は転生を果たした。
転生した以前の事ははっきり言って記憶がない。前世でいったい何があったのか、何故俺がこの世界に転生したのか、全てが謎だ。
だが、事実として俺は転生して、かつての俺とは全く違う人生を歩んでいる。
まあ、そういった転生系の話を知っている人ならば大抵は『ああ、何かしら常人を超えた何かを持っているんだろうな』と思うんだろう。しかし、現実というのはそこまで甘くはない。
一応剣の才能はあったようだが、所詮は単一の牙。あらゆる才能に秀でている妹程では無い。
ならば前世の記憶を使ってなり上がればいいだろって?馬鹿抜かせ。ただの一般人だった俺にそんな大層なことできるか。せいぜい聞きかじりのにわか知識を思い出す程度だ。というか、ああいった知識で成り上がる主人公が持つ知識量は一般人を超えていると思う。普通はあそこまで事細かに覚えられない。あれは明らかに専門家レベルだ。
まあそれはいいさ。なんにせよ俺が言えることは一つだけ。俺はなんの変哲も無い凡人でしかないということだ。身内にはとんでもない妹がいるが、俺自身はRPGでいう村人Aといった辺りだろう。異世界に転生したところで、以前と何も変わらない。
だが、俺はそれで構わないと思ってる。
力が無い?結構じゃないか。たしかに強い力は魅力的だが、過ぎた力が齎すのは災いだけだ。
もっと力を──なんてどこまでも強欲に力を求め続けた果ての末路なんて、きっとロクなものじゃない。
別にこの持論をひけらかすつもりも無ければ、誰かに押し付けるつもりもない。俺の考えは所詮臆病者の思考でしかない。力を欲するのは当然の事で、俺みたいな考えは極少数のものだ。だから俺はこの考えを自分だけのものとして生きていく。何の変哲も無い、どこにでもいる一人の人間として。
────そう、俺は人としてこの世界を生きるのだ。
□
とある山を、1人の男が走っていた。
革でできた鎧を身に纏い、腰には鞘に入った曲剣を下げている。伸ばし放題の髪を後ろで一つに束ね、片目には大きな傷が入っている。体格は良く、手足は丸太のように太い。鎧と体には大小様々な古傷の痕が残っており、多くの死線をくぐり抜けてきたことが窺える。
しかし、そのような姿とは裏腹に、男は何かから逃げるかのように必死の形相で木々の間を駆け抜けていた。
「クソッ‼︎なんだよ、なんなんだよあのバケモノは⁉︎」
速度を緩めずに走りながら、男は怯えを含んだ声で悪態をつく。
男は山賊の頭だった。多くの手下を引き連れて旅ゆく商人からは荷物を奪うのは序の口。時に村を襲っては村人を殺し、食料を根こそぎ強奪し、若い娘がいれば壊れて使えなくなるまで犯す。何度か自分達を討伐するために部隊が編成されてきたが、部隊を返り討ちにした事と、略奪の最中にとある“力”を得た事により男は有頂天になった。
────自分達は無敵だ。本気になれば国だって盗る事ができる。
誰かが聞けば一笑に付すだろうが、男は本気でそう思っていた。
例え軍が相手だろうと自分達は勝利できると、自分達にはそれだけの力があるのだと。
不相応に大きな野心は、それでも荒くれ者共を惹きつける魅力があった。そうして仲間を集め、武器を集め、資金を集め、いずれ来るだろう“国盗り”を夢に力を蓄えていった。
しかし、その夢は今────たった1人の怪物の手により潰えようとしていた。
「ハァ、ハァ、こ、ここまで来りゃ流石に……」
「────逃げ切れると思ったか?」
夜を切り裂くかのような冷たい声が、男の耳に響いた。
「なっ‼︎」
驚愕の表情で声の主へと顔を向けると、そこには1人の青年が木の枝に立ち、こちらを見下ろしていた。
月の光を浴びて淡く輝く鋼色の髪に鷹のように鋭い群青の目。鼻筋の通った美しい容貌をしており、下手な貴族など容易く上回るだろう。片手には一振りの刀を携えており、鞘に納められている状態だというのに視界に収めるだけでどこか威圧感を感じさせる。
青年の視線はまっすぐに男を貫いており、熱など感じさせない氷のような冷たさを孕んでいた。
「ぐ、クソッ……!」
男はすぐさま踵を返して再び逃げようとする、が。
「言ったはずだぞ?逃げ切れると思ったか、と」
キン──という甲高い音が男の耳朶を打つ。瞬間、男の逃走経路に生えている樹々が倒れ、更にどうやったのか倒れた樹々が折り重なるようになっており、男の進行方向を塞いでいた。
「なあっ!?」
突然の出来事に、男は驚愕して尻餅をつく。当然だ。青年は変わらず木の上に立っており、そこから一歩も動いていなかった筈だ。木の上から斬撃を飛ばしでもしない限りはこんな事はできない。
「盗賊団『黒の山犬』のリーダー、アーノルド・ゴドルフ。罪状は主に近隣の村々での略奪、殺人、婦女暴行、その他諸々。今から二年前に編成された討伐団を壊滅させた事、その生き残りの証言により国家転覆を目論んでいる事が発覚し、国家反逆罪の咎人として多額の賞金が掛けられているな。なるほど、確かにお前らの練度は一介の賊とは思えぬ程だった」
木の上から青年が軽やかに降り立ち、罪状を読み上げながら男へと歩み寄っていく。一歩一歩近づいてくるだけで男の体は震え、カチカチと歯が音を立てる。
「手下は全て斬り捨てた。残るはお前ただ一人」
そう言って青年は刀を抜き、その切っ先を男へと向ける。
「お前に与えられた選択肢は2つ。他の者達と同じくここで斬り捨てられるか、おとなしく投降して法の裁きを受けるかだ。最も、お前の罪状を鑑みるに死罪は免れぬだろうがな」
まるでそれが当然だと言わんばかりの口調で男へと語りかける。
もはや男に逃げ場はなかった。目の前にいる青年の言葉には嘘偽りなどカケラもないだろう。現に男の部下はその殆どが青年に斬り殺されたのだ。
逃げ道は塞がれ、眼前には刀を抜いた化物がいる。もはや完全に追い詰められた男の精神は恐怖と絶望でぐちゃぐちゃになっていた。
「こ、この悪魔め‼︎」
追い詰められた男の口から漏れたのは、青年に対する罵倒の言葉だった。
「よくも俺の夢を邪魔しやがったな⁉︎ここまで仲間を集めるのにどれだけの労力を割いたと思ってやがる‼︎あと少し、あと少しで国を盗る偉業を成し遂げられる準備が整うはずだったってのに、お前のせいで全部台無しだ‼︎」
それはあまりにも幼稚で自分勝手な心の叫びだった。極限まで追い込まれた男は青年に対して子供の癇癪じみた罵倒を喚き散らした。
「なんで、なんでてめえみたいな悪魔が来やがるんだよ‼︎悪魔は悪魔らしく、地獄に堕ちてろよクソッタレがァ‼︎」
男のその叫びに対して、青年は何かを考えるかのように目を瞑り、納得したように頷いた。
「そうだな、たしかにその通りだ。どのような形であれ、お前の夢を潰した俺は悪魔と言えるのかもしれん」
男の癇癪に青年は肯定の念を示した。
例え相手が救いようのない悪党とは言え、その内には目標があったのだろう。それを潰したとなれば、なるほど確かにその所業は悪魔的と言えるだろう。
────しかしだ。
「とはいえ、それはそれだ。お前が罪を犯したという事実は変わらん。夢を目指すその過程で多くの人々を轢殺してきたのなら、報いは受けて然るべきだろう」
そう、それとこれとは話が別だ。
夢を目指して進み続けると言えば聞こえはいいが、結局のところ男がしてきたものは他者の全てを奪い尽くす犯罪だ。多くの人々に嘆きと絶望を齎したのなら、その分の罰を受けなければいけない。
「舐めんじゃねえぞこのクソ餓鬼が……!こっちにだって手段が無えわけじゃねえんだぜ」
そう言いながら男は腰に下げた皮袋からある物を取り出した。
それは髑髏の装飾がされた黒い短剣だった。柄頭には赤い宝石が埋め込まれており、中で何かが渦巻いている。
「へへへ、最初からこうすりゃ良かったんだ。光栄に思えよ化物野郎。国盗りの為に用意したとっておきの力で殺してやるよ」
そう言うと、男はその短剣を右腕に突き刺した。すると黒い短剣が胎動するかのように赤く輝き始める。
「ぎ、ぐ、がああああああああっ!!!!」
「……魔具か」
変化は劇的だった。
不快な異音と共に男の体が大きく変貌していく。
四肢は元の何倍も太くなり、手足の先に獣のような鋭い爪が生えていく。口元からは鋭利な乱杭歯が覗き、頭部からは捻れた一対の角が生える。
その姿はもはや人のものではなく、伝承で語られる悪魔そのものとなっていた。
男はその獣性に満ちた目で青年を見下ろすと、ニタリと笑みを浮かべる。
『どうだァ、これが俺の得た力だ……‼︎』
そう言うと近くの木の幹を掴み、そのまま握り潰した。それを見て男は満足そうにクツクツと笑う。
『最高だろォ‼︎この力さえあれば、誰も俺を止める事は出来ねェ‼︎力こそが全てだ‼︎冒険者も、軍も、国さえも俺には敵わねェ‼︎俺は、最強だァ‼︎』
男は咆哮を上げ、青年へと殴りかかる。凄まじい膂力で放たれるその拳が直撃すれば、並の人間なら間違いなく即死するだろう。
凄まじい轟音と共に拳が地面に突き刺さる。もしもその光景を見たならば、誰もが青年の死を確信するだろう。男もまた青年を潰したと確認して口元に深い笑みを浮かべる。
────だが。
「なるほど、たしかに膂力はあるな。だが、それだけだ」
『っ!?』
殺したはずの青年の声を聴いて男は驚愕に目を見開いた。見ると、そこにはかすり傷一つない青年の姿があった。
あの一瞬で攻撃を見切り、男の拳を紙一重で避けていたのだ。
『て、てめ────⁉︎』
そこで男は違和感に気付く。
青年へと放った拳が全く動かない。地面に突き刺さっているからではない。まるで腕だけが別のものになってしまったかのようだ。
瞬間、ズルリと────男の腕が地面へと落下した。
『が、がああぁっ⁉︎俺の腕がぁ⁉︎』
激痛と喪失感に悲鳴を上げる男の前で、いつの間に抜いたのか刀を再び鞘に納めて青年は淡々と言葉を紡ぐ。
「……身体能力の上昇と獣性の増大、後は多少だが生命力が上がってるな。これがその魔具の性能か。魔具と言えば魔導大国の産物だが、このような悪趣味なものは見た事が無いな。あるいは何処かの組織が新たに作り上げた新兵器の可能性もあるか」
もはや興味を無くしたかのような態度を取る青年の姿に肥大した男のプライドが刺激され、湧き上がる憎悪と腕を斬られた恨みにより、もはや男の思考はただ青年を殺す事だけに支配されていた。
『このクソガキがァ‼︎俺の腕を返しやがれええええええっ!!!!』
獣の雄叫びのような怒声と共に、先程以上の威力を持つ拳が青年へと振り下ろされる。
「無駄だ」
瞬間、青年の姿が消えると共に、男の体に無数の剣閃が走る。
「……先程、お前は力が全てと言ったな。確かにそれも真理の一つだ。知力に武力──およそ力と名のつくものを備えた者は大成する可能性が高くなる。最も、底辺から心一つで全てを覆す規格外もいるが、それは例外だろう」
拳を振り下ろそうとする格好のまま動かない男の背後から青年は語りかける。
「故にこの結末も自明の理だ。お前は自身の力を過信し、より強い力がある事を想定しなかった。井の中の蛙であったが故に大海を知らなかった」
ズルリと、男の体が斜めに崩れていく。
「己の力を過信した事が、お前の敗因だ」
粘性を持つ水音と共に地面へと崩れ落ちた男を青年は最初と変わらないまま見下ろす。
ふと、血肉の中にあるものを見つけた。それは先程男が使用した黒い短剣だった。
それを青年は無言で拾い上げるとそのままじっと見つめる。すると、短剣が切っ先から徐々に砂となって崩れていき、最後には形も残らず消えてしまった。
「使い捨て、か。こうなると彼らも捨て駒である可能性も高いな。これ程の規模の盗賊団を実験台に出来る連中、か。ふむ……」
そこまで考えて青年は思考を中断する。
「俺が頭を捻ったところで答えなど出まい。ここはギルド長に報告するのが適切か」
そう言って青年はゆっくりと歩み始めた。
この日、近隣を騒がせ続けた盗賊団は、とある一人の冒険者の手により一人残らず斬滅された。
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