第11瞬「うらぃぇてぃそろく」

「………………」


「ほら見ろよ中村なかむら!言った通りコイツなにやってもだろ!な?おもしれーだろ?」


「う…うん。そ、そうだね。」


 私の目の前でいじめが行われていた。

 それは、ここへ来る前にコンビニで買った納豆を頭からかけるというものだった。


 私は、通っている女子校のクラスのリーダー格である佐伯さえきさんに逆らえず、クラス内でいじめられている吉村よしむらさんの学生寮の部屋まで佐伯さんと一緒にプリントを届けに来ていた。

 吉村さんがいじめられていることは担任も知っていたが、いじめの主犯格である佐伯さんの家は地域でも有名なお金持ちで、私達が通っている高校にも多額の寄付金を納めていたため、担任だけでなく校長先生も含めた教師達、そして学生寮の管理人までもがみんな彼女の行為を見て見ぬふりをしていた。

 そんな救いのない学校へ通うことが嫌になったのか、吉村さんは数日前から学校を休んでいたが、寮に居てもいじめが止むことはなかった。


「ほらほら!中村もやれって!絶対おもしれーから。」


「え?…で、でも……」


「あ?なにオメー、あたしの命令が聞けねーの?ふーん、そう?ならオメーがになるか?へえ?せっかく中村だったのに残念だな…」


「ひっ!…や、やります!やりますから…」


 次の吉村…

 佐伯さんは出席番号でたまたま一番最後だったからという理由で吉村さんをいじめていた。

 佐伯さんにとっていじめる理由なんかどうでもよく、いじめることは単なる退だった。


「やりますから?あ?くださいだろうが!」


「ひっ!…や、ください!」


「………………」


「う……」


(吉村さん、ごめんなさい!)


「きゃははははは!中村!オメーあんじゃん!納豆をかけた後に牛乳ぶっかけるなんてフツーやんねーよ!ひでーやつだな!きゃははははは!」


(あなたがやらせたんでしょ…)


 私はほんの数秒前に佐伯さんの目線が牛乳に送られていたため、と言われていると感じていた。


「………………」


「つか、この部屋マジくっせーんだけど!もうこの部屋全体がゴミ箱だな!ゴミ箱!が住む部屋がゴミ箱とかチョーウケル!あっ、ゴミ捨てよーっと!きゃははははは!」


 佐伯さんは私が佐伯さんの目線を察知して吉村さんに牛乳をかけたことに上機嫌になり、吉村さんのタンスから衣服や下着を取り出し、ゴミと称して納豆と牛乳の混ざった水溜まりが出来ている床に投げ捨て、それをで踏み潰していた。

 当然、ここは室内だったが、入るときに佐伯さんが土足で良いと言って、佐伯さんと私は靴を履いていた。


「………………」


(吉村さん、本当に何も反応しないんだ…入学式の時はあんなに明るかったのに…)


 私は佐伯さんが吉村さんをいじめていることは知っていたが、クラスの中で行われていた行為以外は見たことがなく、佐伯さんが言っていたことを信じていなかった。


 


 佐伯さんはよくそう言って、クラス内で仲がいい子達と笑っていた。


「きゃははははは!中村。こいつたぶんさ、反応しなけりゃあたしが飽きて止めると思ってんだよ。本当にバカだよなー。最初の頃みたく泣いたり抵抗したりしてた方がまだ優しかったのにな。いじめられて何も反応しねーほうがおもしれーっての。きゃははははは!」


(この人…狂ってる…どうしてこんな酷いことをしているのに…)


「おい中村!次!パンよこせ!パン!」


「う………はい…」


「あ?聞こえねーぞ中村!」


「は、はい!……あの、これ…」


 私はコンビニで買った食パンを取り出した。


「ん。…おらっ、今日の飯だ!食え!どうせ寮の飯はオメーの分はねえんだから、施してもらってありがたく思えよ!」


(酷い…酷すぎる……)


「………………」


 佐伯さんは食パンを二枚、床の水溜まりに転がして踏み潰した。

 吉村さんは黙ってそのパンを食べていた。


「おーおー、うめえか?あとあるから遠慮すんなよ!あそうだ!おい中村!あれ出せあれ!」


(うそ…まさか……)


「おい!早くしろ中村!吉村になりてえのか!墨汁だ!墨汁!」


「は、はい!」


(ごめんなさい…吉村さん……)


 私はさっき買った墨汁を佐伯さんに渡した。

 ここに来る前に買ってきた物は、残すはイチゴ牛乳だけだった。


「さて吉村。これ見ろ。で床は真っ白だ。んで、食パンの色も白。納豆は茶色だけど、白と茶色じゃ相性わりーよな?だからこうしてやるよ!」


(そんな……なの?)


 佐伯さんは牛乳と納豆と衣類が転がる床に墨汁をぶちまけると、そこにさっきと同じように食パンを二枚落として踏み潰した。


「きゃははははは!ほら!あたしと中村の特性だぞ!食え食え!きゃははははは!」


「………………」


 吉村さんは、最初の一口目は一瞬だけ吐き出しそうになりかけたが、二口目からはまた無反応でそれを食べ始めた。


「ほら中村。よ。さっきみたいに頭から。」


「う……は、はい。」


 私は佐伯さんに逆らうことができなかった。

 佐伯さんは、今までも教室以外でいじめを行っていた時に周りの人間をことがあったが、私はそれに選ばれたことがなく、選ばれたら断れると思い込んでいた。

 しかし、こうして佐伯さんがいじめの行為をしているのを目の当たりにし、心底いじめを楽しんでいる佐伯さんのを感じたら断れるはずがなかった。


(ごめんなさい…ごめんなさい…)


「おっと、ちょっと待て中村。…これでよし。おら!今から中村がオメーにトッピングしてくれっから今作ってやったパン食いながら受け止めろ!」


 佐伯さんは、また食パンを一枚床に転がして踏み潰していた。


「………………」


「今だ中村!トッピングしてやれ!」


「!!!」


 私は目を瞑りながら、無言でパンを食っている吉村さんに墨汁をかけた。


「………………」


「きゃははははは!いいぞ中村!中身無くなるまでかけてやれ!きゃははははは!……んむ…ん…む…んん。」


「!!!」


(なにしてんのこの人……うそでしょ…)


 吉村さんにかけていた墨汁の中身が無くなったことを感じた私が恐る恐る目を開けて佐伯さんを見ると、佐伯さんは幸せそうな表情でイチゴ牛乳を飲みながら最後の一枚の食パンを食べていた。


(この人は本当に狂ってる……他人にこんなことをさせている状況で自分も平然と食事出来るなんて……絶対に普通じゃない……そもそも普段と態度が違いすぎる……)


 佐伯さんはクラス内でいじめをしているときの態度とクラス外の生徒、というより他の学年や学校外の人と接するときの態度か全く違っていた。

 クラス内では今のような態度なのに対し、他では優等生と言える態度で、評判もそれなりによかった。

 私は以前からその二面性に対して違和感を抱いていたが、こうして目の前でいじめをしている時の佐伯さん姿を見て、一気にその二面性が恐ろしくなった。


(なんなのこの人……本当に人なの……)


「ん?どーした中村。…飲むか?」


「あ……いえ、大丈夫です。」


「…そーか。」


 私が見ていたことに気がついた佐伯さんはイチゴ牛乳を分けようとしたが、私はそれを断った。

 その時の佐伯さんはまるで、小さい子に接するような優しい態度だった。


(なんで……今の優しい顔はなんなの……)


「……………う……うぉええええ!!」


「!!!」


 パンを食べ終わったあと、無言で座ったままだった吉村さんが急に嘔吐した。

 無理もないことだった。


「きゃははははは!なんだこいつ!結局吐いちまいやがった!わかってんのにバカなやつだな!おい中村!見ろよ!きゃははははは!」


「………ぅ……うぉぇぇぇえ!」


 まだ吉村さんは吐き続けていた。

 私はそれを見ていたくなかったが、佐伯さんの手前、目を逸らすことは出来なかった。

 私は少しでも気を紛らわせたくて、さっきの佐伯さんの言葉の意味を考えていた。


(どうなるかわかってる……何をさせるつもり……いや、いつも何をさせているの……)


「ぅ………………」


「おっ?吐き終わったか?よし!じゃ吉村!いつも通りにしろ!」


「………………」


「!!!」


(そんな……いつもこんなことを……)


 佐伯さんの言葉を聞いた吉村さんは自らが吐き出した吐瀉物を広い集めて食べ始めた。


「ぅ……うぇ……」


「なんだ中村、お前も吐きそうなのか?なら遠慮しないで吐け!ほら!吉村にトッピングしてやれ!」


「!!!ぅ……うぇ…ぅえぇぇ!」


「………………」


 私は佐伯さんに頭を捕まれてそのまま吉村さんの頭に向けて吐瀉物を撒き散らした。


「きゃははははは!良かったな吉村!中村特性のトッピングだぞ!きゃははははは!」


(吉村さん…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)


 私は吐きながら心の中でひたすら吉村さんに謝っていた。


「ぅぇ………ぅ……」


「………………」


「…なんだもう終わりか。中村、お前もっとちゃんと飯食ったほうがいいぞ。ほとんど胃酸と飲みもんばっかじゃねーか。」


「ぅぅぅ……」


「なんだオメー泣いてんのか?」


「うぅぅぅ……」


(ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……吉村さんごめんなさい……)


 今さら謝ったところで遅すぎるが、私は私の吐瀉物をかけられている最中も自らが吐き出した吐瀉物を食べていた吉村さんに対して、心の中でひたすら謝っていた。


「………………」


「ちっ、仕方ねーな!おい中村!帰んぞ!」


「ぅ……ううう…」


「おい吉村!あたしら帰んけど、オメーはそれ全部食い終わるとこまでで録ってあたしに送れよ!誤魔化したらどうなるかわかってんだろ!」


「………………」


 私は佐伯さんに支えられながら吉村さんの部屋を出た。


 その日の夜、あれからずっと部屋で休んでいた私に佐伯さんから動画が送られてきた。

 その動画は吉村さんが撮影したものだった。

 私は見なければ佐伯さんに何をされるかわからないため、仕方なくそれを見た。

 予想通り、あの後に吉村さんがあれを食べているものだった。


「う………」


 それを見た私は吐き気を催したが、吐けるものがなく胃酸だけが喉まで上がってきた。

 しかし、私はそれを飲み込み、動画の最後の部分だけを繰り返し再生していた。


うらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろくうらぃぇてぃそろく…』


(やっぱり聞こえる……吉村さんが何か言ってる……)


 吉村さんは食べ終わった後から撮影を停止するまでの数秒間ずっと何かを言っていた。

 それは、ほとんど雑音みたいな音量で、音に対して聞き耳をたてなければ聞こえるものではなく、尚且つその言葉の意味がわからないので気にすることもないので、普通なら気が付かないことだった。

 佐伯さんがその言葉に対して何も言及していないので、恐らく佐伯さんは気が付いていなかったが、私は今日の放課後の出来事で神経が過敏になっていたので直ぐにそれに気が付いていた。


「うら…うらいえ…うらぃぇてぃそろく?…なんだろう……??」


 吉村さんの放つ言葉は私が一度も聞いたことのない言葉だった。

 吉村さんはすごく勉強が出来る、世間で言うところの秀才という子だったので、最初はもしかしたら海外の言葉かと思ったが、その言葉に対するとその言葉を発しているときのからして、単なる外来語の類いではなく、何かだと感じた。


 その事があってから一週間程度で吉村さんは高校を退学し、実家に帰った。

 吉村さんと仲の良い同級生の話では、実家に帰ったあとも暫くは家族にも無反応の状態が続いたらしいが、数ヶ月で本来の明るい性格に戻ったらしい。

 その後、佐伯さんは他の人をいじめの対象にしていじめを続け、相変わらず人間味が感じないほどの二面性があったが、高校二年に上がったすぐ後のゴールデンウィーク直前に退学した。

 噂では、付き合っていた彼氏の子供を妊娠したからという理由だったが、本当のところは誰もわからなかった。


 佐伯さんの二面性、そして吉村さんの謎の言葉、私はそのどちらも怖くて仕方がない。

 月並みな言葉だけど、だと私は思う


 


 あなたは、この言葉の意味がわかりますか?






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