第10瞬「ビニール傘」
(あれ?この傘、私のじゃない…さっきのコンビニで間違えちゃったのかな?もう結構離れちゃったし、どうしよ…)
雨の中、不意に自分が今使っている傘が自分の物ではないと気がつき、私はさっき立ち寄ったコンビニまで戻るかどうか悩んだ。
しかし、コンビニを出てから既に十五分ほど歩いていたことや、自分が使っていた傘も間違えて持ってきてしまったこの傘もビニール傘だったため、恐らく元の持ち主も仕方なく私の傘を使うだろうと思って私は戻るのを止めた。
(一応、明日の朝にコンビニまで持っていけば良いでしょ。)
「…すみません、今日だけお借りします。」
私はこの傘の持ち主に声をかけるように独り言を呟いた。
ビニール傘の取り違えは日常茶飯事なのでそこまで気にする必要はないことだけど、このビニール傘には名前が書いてあったので私は少し胸を痛めた。
持ち手には女性の名前が書いてあった。
(ビニール傘にもしっかり名前を書くなんて物を大切にしている人なのかなあ?私も見習わないと。)
取り違えた傘についてあれこれと考えている間に私は家に帰るには必ず通らなければならない踏切まで来た。
ここはいわゆる開かずの踏切で、雨の日にこの踏切に引っ掛かったのは不運だった。
(あーあ、また二十分くらい待たされるのかなあ…こんなことならコンビニまで戻っていれば良かったな。)
雨が降っているからか、踏切で立ち止まる人はいつもよりも少なく、私を含めて五人程度だった。
(みんなあっちに行ってるのかな?でも今から迂回するのも面倒だし、雨の日はあっち使いたくないんだよね。)
この踏切には開かずの踏切の対策として迂回路があり、そこに行けば歩道橋があった。
しかし、その歩道橋の路面はタイル張りとなっているため、普段もだけど、雨の日は特に滑りやすく、靴ならともかくパンプスを履いていた仕事帰りの私には転倒の危険性が高いので使いたくなかった。
(仕方ない。待とう。長くても二十分か、最悪三十分くらいでしょ…)
私は歩いて五分ほどの迂回路に向かうことはせずに、その場で待つことにした。
(あれ?なんだろ?あの人達…)
踏切が開くのを待っていた私の目に花束を手にした女性と一緒にこちらへ歩いてくる数人の女性が目に入った。
その女性達は真っ直ぐに踏切へと向かってきていた。
(え?え?なに?まさか…)
踏切と花束という組み合わせに、私はこの踏切のことを思い出した。
ここは開かずの踏切であるがために数年に一度の頻度で事故が起きていた。
そのほとんどが人身事故であり、事故に遭ったほぼ全ての人が亡くなっていた。
普段から花束を供えてあるのを目にしたことがあるが、その現場を目にするのは初めてのことだった。
(嘘…普通こういうのって明るい内に置きに来るものなんじゃないの?それにこの人達みんな真っ黒…)
見た感じ喪服ではないものの、その花束を手にしていた女性を含め、周りの皆も一様に黒い衣服を身に付けていた。
(まさか今日が命日とかじゃないよね…況してやこの時間に事故に遭ったなんてことは…あっ!!!)
この
詳細な日付こそ覚えていなかったが、それは
その事故は不慮の事故としか言い様がない事故だった。
今日の様に雨が降る夜、帰宅途中の女性が遮断機が開いている踏切に入っていったところ、ちょうど通り掛かった電車に跳ねられて亡くなった。
詳しくは知らないが、原因は遮断機の故障であり、時間と天候によりその故障を目視することが出来ず、たまたま通り掛かった女性が跳ねられてしまったという事故だった。
(まさか……本当に今日なの……)
色々な考えを巡らせている私の数メートル先で、その黒い衣服を着た女性達は踏切の近くに花瓶を置き、手にしていた花束をそこに供えた。
そして、雨に濡れないようにしながら線香に火を点けて花束の側に添え、手を合わせながら女性の名前を呟いていた。
私は聞き耳を立てていたわけではないものの、その女性の内の一人が泣きながら大きな声を出していたため、亡くなった女性の名前を聞いてしまい、それを聞いた私は自分の耳を疑った。
その名前は、私の手にしているビニール傘に書かれている女性の名前と同じだった。
奇妙な偶然に恐怖と驚きを感じた私は、失礼かも知れないと感じつつ、その女性達に声を掛けて手を合わさせてもらった。
そして、私が手を合せているとき、その女性達の内の一人が私の肩に掛けている傘の持ち手に書かれた文字に気がつき、その場で泣き崩れた。
どうやら偶然は一致していたらしい。
成り行き上、詳しい話を聞かせてもらうことになり、その女性達から聞いた話はこう言うことだった。
やはり、去年のこの日この時間にその女性は事故で亡くなっており、事故当時は雨がさほど強くなかったためにその女性は傘を差していなかったが、その女性は目が酷く悪かったため、遮断機が開いているにも関わらず近くまで接近している電車に気がつかなかったのではないかと考えられた。
その女性がその日に持っていたであろうビニール傘は事故後、近くで発見されなかったため、最初から持っていなかったと断定された。
しかし、出社時には傘を手にしていた姿が目撃されており、尚且つその女性は物を大切にしている人で、持ち物にはほぼ全てに名前を書いていたため、会社に置き忘れたのであれば名前が書いてあるビニール傘が見つかるはずだったが、結局、会社にも会社から事故に遭った踏切までの道程にもどこにも傘はなかった。
そして、一周忌となる今日、私がコンビニで間違えて手にした傘がその傘だった。
その女性達から亡くなった女性の書いた文字を見せてもらったが、それは全く同じ様に見えた。
私が偶然間違えて手にしたビニール傘は、紛れもなく、一年前に亡くなった女性のビニール傘だった。
よくよく思い出してみると、私が立ち寄ったコンビニには私以外の客はいなかったし、コンビニについたときは激しい雨が降っていたため、私より先に来店した客が傘を置き忘れるはずがなかった。
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