第12瞬「ウラィェティソロク」

 男二人と女一人が、男をいじめていた。


「ウラィェティソロク………」


 いじめられている男が確かにそう呟いた。


「おい斉藤さいとう。またがアレ言ってるぜ。」


「ふはっ、またか!ほんっとに意味わかんなくて気持ちわりいヤローだな。」


「本当、気持ち悪すぎ。わたし吐きそうなんだけど…ウラちゃんさあ、早く死んでくんないかな?本当、気持ち悪すぎなんだよね。同じ地球上で息しないでほしいんだよね。あんたが吐いた空気をわたしが吸う可能性があるってだけで吐き気がするのよ。つかウラちゃん、あんた生きてて意味あんの?あんた親にも見捨てられたんでしょ?親は宝くじで億当てて、二人だけで何年も海外旅行して遊び回ってんでしょ?」


「おい美樹本みきもと、言い過ぎだぞ。」


「えー、でもさ島田しまだ。こいつ本当に気持ち悪すぎじゃない?あたし、もしこいつとゴキブリのどっちかとキスしろって言われたら即ゴキブリとするよ。こいつにキスするくらいならゴキブリとしたほうが一兆倍マシ。」


「言い過ぎなのはそこじゃねえよ。死んでくれなんて言って、本当に死なれた日にゃ俺達三人が警察おまわりに何か言われるかも知れねえだろ?なあ、斉藤?」


「ははは、島田は心配し過ぎだ。このゴキブリ未満ヤローに死ぬ度胸なんかねえよ。そんな度胸あるならとっくの昔にもう死んでるよ。それに死なれたところで警察から俺達には何も言わねえよ。警察もこいつを嫌ってるからな。何せ盗み、たかり、痴漢、猥褻行為の常習犯だからな。」


「ま、それもわたしらがやらせてるんだけどね。」


 男をいじめていたのは、島田という男と斉藤という男と美樹本という女だった。

 いじめられていた男は三人からウラちゃんと呼ばれていた。


「…ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


「お?今日もまた始まるか?ウラちゃんタイムが。」


「ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


「うわ…今日は一段と気持ち悪っ……本当に吐きそうだからちょっとスッキリさせてきてきていい?」


「おう、ウラちゃんが覗かないように見ててやるから行ってこいよ。」


「バーカ、吐きに行くのを覗かれるもなにもないし。まあ、あまり見られたくはないんだけど…」


 そう言って美樹本は水道がある場所まで歩いて行った。


「ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


「さて、どうするか?」


「斉藤、今日はこのまま黙らせねえで様子を見てみねえか?いつもは美樹本が気持ち悪いつーからすぐに殴って黙らせるけど、今は美樹本いねーし。」


「お?それ面白そうだな。何がしたくてウラ何とかって、言ってんのかわかるかも知れねえしな。…つーわけだ、ウラちゃんよ、好きに言ってろや。」


「ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


「ちけえよ!」


「アガ……」


「おいおい、斉藤。お前、早速黙らせてんじゃねえか。」


「ははは、近く来るからな。」


 斉藤はウラちゃんの鼻を殴った。

 鼻からは粘度の高い血の塊が出ていた。


「ウラィェティソロク……ウラィェティソロク!!!」


「お?島田、大丈夫だ。まだ言ってる。つか俺、ちょっと顔洗ってくるわ、唾飛ばされてきったねえから。」


「おう!ついでに美樹本の様子見てこいよ。あいつマジで吐いてたら笑えんぞ。」


「ははは、そうだな。もし本当に吐いてたら動画録ってやろ。」


「お前、美樹本に殺されんぞ?」


 斉藤は顔を洗いに行き、島田とウラちゃんは二人切りになった。


「ほら、ウラちゃん。またウラウラ言えよ。聞いててやるからよ。」


「………」


「ん?なんだテメー?俺の言うことが聞けねえのか?」


「フフフ……フフハフフハフ……ウラィェティソロク!」


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!……ヒィィィィィ!!目が目がァァァ!!!」


「ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


「うご……やめ!…だ!……ぎ!」


 ウラちゃんは島田と二人きりになったのを見計らい、島田の目を狙ってにポケットに忍ばせていた手製の催涙スプレーを噴射した。

 それは、唐辛子などの成分で刺激を与えることを目的とした物ではなく、次亜塩素酸などの科学薬品に基づく失明をさせることを目的としたスプレーだった。

 そして、それが目に入ったことを確認したウラちゃんは近くの花壇に転がっていた煉瓦を何度も何度も島田に向けて思い切り叩きつけた。


「おい!島田!何があった!」


「島田!大丈夫!?」


 島田の悲鳴を聞いて斉藤と美樹本が駆けつけた。


「なっ!?嘘だろ……島田!島田ァ!!」


「ひっ!イヤァァァァァ!!」


 二人が見たのは、頭に煉瓦を繰り返し叩きつけられ、大量の血を流しながら何も言わずに痙攣している島田の姿だった。


横田よこた!テメエ!よくも!」


「フフフフフ…ヨコタ?ボクハウラチャンダヨ。ダヨ。サイトウクンガツケタンダヨ…ネエ!」


「ぐお!いでぇ!目が!くそてめー!ふざけんな!」


 斉藤に横田と呼ばれたウラちゃんは、憤怒して近づいてきた斉藤に向けて島田にしたように催涙スプレーを噴射した。


「フヘフフ…ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


「ぎゃ!……ぐ!……テメエ!どこだ!…きぐ!………う!……ば!」


 斉藤は島田と同じ様に煉瓦を叩きつけられたが、島田の無惨な姿を見ていたため、見えない視界の中、手で頭を守って居たが、それも腕が折れるまでだった。

 腕が折れてからは斉藤も直ぐに島田の二の舞となった。


「ヒィィィィィィ!……誰か!誰かぁ!」


 美樹本は恐怖の余り、腰を抜かして泣きながら助けを呼んでいたが、ここは斉藤と島田と美樹本が他人に邪魔をされずにウラちゃんをいじめるために見つけた廃墟だったので、誰も来ることはなかった。


「ヒヒフヒ……ミキモトサン?ドウシタノ?ウラチャンダヨ。ミキモトサンガイツモミクダシテイタウラチャンダヨ。フフハフフハフ……キヒヒヒヒヒヒ!」


「いや!いや!こっちくんな!くそ!死ね!人殺し!ウジムシヤロー!」


「ウルサイナァ……モラシテルクセニスゴンデモコワクナイヨ……キハヒヒ……」


「!!!そんな……これは…違っ…ウラちゃんのくせに生意気言ってるとぶっ殺すぞ!」


 美樹本は自身でも気が付かない内に失禁していた。

 そして、それを少し前までは見下していたウラちゃんに指摘されたことが悔しくて精一杯強がってみせた。


「キヒヒヒヒハヒヒ!!……ミキモトサンウゴケナイノ?……ナラコウダ!」


「!!痛い!痛い痛い痛い痛い!ぐ!ひぎぃぃぃぃ!!!」


 ウラちゃんは腰が抜けて立てなくなっていた美樹本の足に向けて島田と斉藤の血がベットリついた煉瓦を繰り返し叩きつけた。


「クヒヒヒヒヒヒ!ミキモトサン!キモチワルイネ!ミキモトサン!ミキモトサンノアシリョウアシトモグチャグチャダヨ!」


「……たすけて……だれか……」


 美樹本はもはや叫ぶほどの気力はなかった。

 足の痛みと恐怖で頭が支配されていた。


「ソウダ!チョットマッテテネ!」


 ウラちゃんは美樹本にそう告げると十五分ほど何処かへ行き、戻ってきた。


「ミテコレ!ネエ!ヒヘヒキヒヘヒ!セミトミミズトバッタトケムシ!ツイデニザリガニモイルヨ!!!キョヘキヒヒヒヒ!」


「……なに……なにする……ヒッ!やめて!が!……むぐ……」


「ウルサイナ……ダマッテタベロヨ……ミキモトサンガイッタンダロ……ボクガカッテタカメヲボクニクワセタトキニ!!ダマッテタベロヨッテ!!!」


 ウラチャンは騒ぐ美樹本の顔を煉瓦で打ち、捕ってきた物を美樹本の口に突っ込んで無理矢理に食わせた。


「うぎ……おぇ…た…す………けて……」


「アラ?ミキモトサン?…ヒフヒヒヒフヒ…ダマッチャッタ……フヒヒヒキヒヒ!……モウイイカ……ジャアミキモトサン……ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!ウラィェティソロク!」


 ウラチャンは美樹本に煉瓦を繰り返し叩きつけながらずっと同じ言葉を繰り返していた。



 




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