友達との食事
再会から暫く話し込み、一段落付いた頃。急に空腹を強く感じた。思えば列車で食事を摂ってから随分と経っている。長期休暇中は食堂が開かないし、外の飲食店へ行かなければ。
「腹が減ったな、飯行こう。一緒に行くか?」
「テオドールから食事の誘い!? 天変地異の前触れか……?」
「誘われたのは初めてかもしれないねぇ。あのテオドールが変わったものだ」
失礼な奴らだ、と言いたいところだが、事実に基づくだけに何も言えない。これまで彼らからの誘いを断ってきたのは自分だ。
「私も変わったって事だよ。それで、どうなんだ?」
「いや、行くけどよ。どこに行く?」
どんな店があるのか、全く分からない。孤児院から出て以来、学校からほとんど出ずに過ごしてきた。長期休暇中は食事が出ないから外に出て食事をしたが、とても貴族階級の友達を連れていくような店ではない。
「うーん……。店、分からないな」
「……なんか安心するね。ここで華麗にエスコートされたらどうしようかと思ったよ」
「だな。まあ、それなら店はいつも俺達が行く店で良いだろう」
「すまない、頼むよ」
話が纏まると私達はそれぞれコートを羽織り、街に向かった。
◇◆◇
「それじゃ、我々の再会を祝して!」
「「「乾杯!」」」
疲れた身体にオレンジジュースが染み渡る。まだ15歳だからアルコールは飲まない。レオンはアップルジュース、マリウスは私と同じオレンジジュースだ。
「いやあ、貴族ともなるとこんな良い店知ってるんだな」
「貴族は関係ないぞ。ここは大衆向けの食堂だ」
「嘘だあ、大衆食堂がこんなキレイかよ」
私の知っている大衆食堂はもっと汚く、喧騒に溢れていた。こんな小綺麗で穏やかな店ではない。
「本当だよ、テオドール。ここは多少余裕のある平民であれば通えるくらいの大衆食堂だ」
「普段どこに行ってるんだ? 外で食事しないって訳じゃないんだろう?」
「いつもは、学校から東側行った新市街のあたりかな」
新市街東側。西側に鉄道駅が整備されて以来、都市の重点もまた徐々に西に偏り、やや寂れている地区だ。味はさておき、安い食堂が多くあるため、よく訪ねていた。
「何でまた、そんなスラム一歩手前のところで食事を取るんだ?」
「安いからな」
「テオドールも苦労してるね……。小遣い、要るかい?」
レオンは私の返答に溜め息を堪えるような顔になり、マリウスは金銭的な援助を申し出た。好意はありがたいが、だ。
「答えは変わらず『ノー』だ、マリウス。施しを受けるのは、まして友人から施しを受けるのは耐え難いね」
同室になって間もなく、同じ質問をされた事がある。しかし、既に友人として交流を深めていたマリウスから、一方的に金を貰うのは気が咎めた。
「全く強情な奴だな。貰えるものは貰っておけば良いだろうに」
「私はあくまで、君たちと対等な友人であるつもりなんだ。金を受けとれば上下が決まる。それは嫌だ」
「たまに貴族より貴族らしい考え方してるよね、テオドールって」
「ほっとけ」
2人とも、私の頑固さに呆れたような、それでいて少し嬉しそうな表情をしている。その表情を見て、私の顔も思わず綻ぶ。これは彼らもまた、私と対等な友人でありたいと思っている証だろう。それが堪らなく嬉しい。
◇◆◇
初めて親しい人と食卓を囲んだこともあってか、食事は今までで一番美味しく感じられ、そしてあっという間に終わってしまった。ステーキを3回は注文していたレオンは満足げな表情を浮かべ、思い出したように問いかけてきた。
「そういえば、テオドール。帰休期間に何があったんだ? 珍しく宿舎出てたけど」
「そうだね、いつもは寄宿舎に残って自己鍛練に努めてた筈だ。孤児院に戻った訳でもないんだろう?」
「ああ、帰休ね……」
流石に、「秘密実験に参加して生還したんだよ」とは言えない。参加するにあたって用意されたカバーストーリーがある、それの出番だ。
「……マクデンブルグに陸軍の研究所があるのは知ってるだろう? そこで新兵科の評価試験に参加してきたんだよ」
「新兵科ぁ? ……って言うと、何だ。航空魔導師みたいなのか?」
「ああ、知ってたか。それなら話は早い。その航空魔導師が実現できるのか、どう編成するべきかをテストしてたんだよ。私が参加できたのは訓練回りの試験だけだがね」
このカバーストーリーは部分的に事実だ。マクデンブルグの陸軍研究所では実際に航空魔導師の評価試験が行われている。私がリハビリに用いたスーツも、本来は航空魔導師錬成の機材として開発された物だ。
「へぇ、 航空魔導師かぁ! 憧れるなあ……! それで、試験はどうだったの? 実用化は近いの?」
「いいや、まだまだ先だね。訓練回りはさておき、肝心の航空機材がまだ発展途上だ」
「そっかぁ……」
マリウスは航空魔導師に興味がひかれたようで、私の残念な所感に肩を落としている。しかし私は、マリウスに未だ3回に1回は墜落しかけるような航空魔導師にはなって欲しくない。
「すると、テオドールがこんな社交的に変わったのも、研究所で何か影響を受けたのか?」
「ああ、尊敬すべき先達方と交流した結果、と言えるかもな。得難い経験だったよ」
「ふーん……」
レオンはやや訝しげな表情をしていたが、一応は納得してくれたようだ。やや無理のある理由付けだっただろうか?
「さて、そろそろ寄宿舎に戻るか! 戻ったら面白い物見せてやろう。……勘定はどうやってするんだ?」
「……店員が来るまで席で待つんだよ。やっぱりテオドールはちょっと抜けてるなあ」
「ちょっと抜けてるくらいが丁度いいだろうよ。なあ、テオドール?」
「私に同意を求められてもな……」
ともあれ、話を打ち切って寄宿舎に戻ることには成功した。隠し事は不義理かもしれないが、彼らを危険に晒したくはない。この行動が正解だろう。
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