友との再会


「着きましたぜ、旦那」


 葬列を見送ってそれほど経たず、馬車は士官学校の正門に辿り着いた。御者の開けた扉から馬車を降り、用意していた3マルグを渡す。


「ありがとう。釣りは取っておいてくれ」


「毎度あり、是非今後ともご贔屓に!」


 代金を受け取った御者はそう言って、馬に鞭を入れ走り去っていった。

 ……財布の中に余裕があったから、少し見栄を張って釣りを受け取らなかったが、どうにも落ち着かない。身に染みた貧乏性が恨めしい。


 辻馬車を見送り、士官学校の正門に向き直る。

 王立プルーセン王国陸軍士官学校。王室の離宮と付属した御用地を転用して造営された士官学校は、軍事施設らしい物々しさもありながら、旧市街に馴染む装飾を施された荘厳な建造物である。

 プルーセン王国陸軍の士官育成、その中核を担う王立士官学校は、ここ2年ほど私が学び・暮らす学校でもある。


 いつまでも正門を見上げていてもしょうがない。入場する為に、正門脇にある通用口へ向かう。


「魔導科2回生、テオドール・エアハルトです。入場手続きをお願いします」


「畏まりました、お待ちください」


 通用口横の立哨に声をかける。

 士官学校の警備は、ベルンブルグ駐留の第3近衛連隊が行っている。現役の下士官兵、その中でも選りすぐりの精鋭である近衛隊員だ。士官候補生といえど丁寧な挨拶をするべきだろう。


「こちらの用紙に記入をお願いします。あと、手荷物の検査を行うので、お預かりしても宜しいですか?」


「分かりました、お願いします」


 用紙を受け取り、手荷物のトランクケースを渡す。

 手荷物検査と言っても、本気で危険物や禁制品の持ち込みを阻止を目的としている訳ではない。貴族という面倒な相手が多い学校であるからか、ボディチェックの1つもなく、手荷物を漁って終わりという形式的な検査に終始する。


 簡素な用紙に氏名と所属を記入すれば、着替え程度しか入っていないトランクケースの検査も終わったようだ。


「これでお願いします」


「ありがとうございました。……はい、確認しました。どうぞ、エアハルト候補生」


「ありがとうございます」


 記入済みの用紙とトランクケースを交換する。

 守衛は受け取った用紙を一読すると、通用口を開け通過を許可してくれた。軽く敬礼して通過する。


 通用口を抜けると、眼前には噴水を中心として芝生が整備された麗しい広場と離宮……ではなく、その広場を更地にして設置された校庭と、先王が築いた離宮を転用した士官学校校舎が見える。


 しかし、今日は校舎に用はない。校舎を正面から捉えて左手、事務棟に向かって歩きだす。帰校の報告をしなければならない。窓口がまだ開いているといいが……。


◇◆◇


 手続きを終えて事務棟を出る頃には、日は沈み外は薄暗くなっていた。春先の気温が肌に刺さる。


 事務棟の向かい側、寄宿舎へ足早に向かう。レオンとマリウスはもう寮に戻ってきているだろうか? この世界で数少ない、大切な友人達と、これからも変わらず仲良くする事ができるだろうか?


 期待と不安を同時に抱えながら、寄宿舎に入る。あと数日で移動する2回生の居室は、寄宿舎第3棟の3階にある角部屋だ。本来4人で使う居室を3人で入居したからか、やや狭い角部屋が割り当てられている。


 居室の扉からは光が漏れ、中からは話し声が聞こえる。どうやら2人とも戻っているようだ。扉をノックして声をかける。


「レオン、マリウス、私だ。入っていいか?」


「おお。帰ってきたのか、テオドール! いいぞ、入ってこい!」


 ……自分の居室であるはずなのにノックするのはやや違和感を覚えるが、同室になった際に決めたルールであるから仕方ない。ほぼ平民同然とはいえ、2人は貴族家の人間だ。平民には聞かせられない話もあるのだろう。

 レオンからの返事を聞き、ドアを開き部屋に入る。部屋の中では、レオンが椅子に、マリウスがベッドの上に座って向かい合っていた。おそらくこの状態で話をしていたのだろう。


「2ヶ月ぶりだな! 変わりないか?」


「お、おう。テオドールは……何かテンション高いな? どうしたんだ?」


「久しぶり、テオドール。僕は変わりなく元気にしているよ。テオドールはまた身長伸びたかい? 羨ましいなあ」


 再会の挨拶には、やや困惑気味の返事が帰ってきた。今までの自分は、クールというかやや刺々しい雰囲気で話していたから、ここまでフレンドリーだと困惑するのも仕方ないだろう。


 2人は2ヶ月前に別れた時からほとんど変わらない姿をしていた。

 レオンはクセの強い金色の長髪を後ろで一纏めにし、中性的で整った顔には碧眼が輝いている。挑発的な表情を浮かべる事が多いが、今は困惑が勝っているようだ。

 マリウスは肩あたりで銀髪を切り揃えたボブカットに、やや幼い顔つきと透き通った翠眼を持っている。理知的で穏やかな表情は、士官学校の学生とは思えない。そしてとても線が細い。


「何、もう少し社交的に振る舞ってもいいと思っただけだよ、レオン。身長、伸びてるかな? 自覚はあまりないが」


「あの狂犬テオドールが社交的に、ねぇ……。身長は伸びてると思うぞ、何せマリウスが言うんだからな」


「目測で2cmは伸びてるね。成長期かい?」


「かもしれないな。しかし、マリウスの方は悲しいほど変わってないな。ちゃんとご飯食べているか?」


「うるさいよ! 余計なお世話だ」


 ……この何気ない会話が懐かしく、愛おしく感じるのは、長い時間を経たからか、死の危機に直面したからか。ともあれ、この素晴らしい時間を大切にするべきだろう。

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