第一章 異界帰りの士官候補生
故国の車窓から
「結局、半分以上残ったな……。夕食も外で食べるかな?」
王都・ベルンブルグへ向かう鉄道車両の中で、財布の中身を数える。フォーゲル少佐の心遣いにより頂いた10マルグは、貧乏性な私が1回の食事で使いきるにはいささか過剰な金額であった。財布のなかには未だ6マルグ余りが残っている。
マクデンブルグ駅の近くにあったパン屋で買った、豚肉のサンドにかぶりつく。普段買うパンの10倍はしたこのサンドは、値段に相応しくスパイスの効いた豚肉と新鮮なレタスが挟んである。スパイスの刺激とみずみずしいレタスのバランスが絶妙だ。
合わせて買った牛乳も、水でかさ増しされておらず濃厚でありながら、口当たりはスッキリしていて美味しい。豚肉の油を流して口の中をさっぱりさせ、喉を潤してくれる。
「美味しい……! もっと前から食べてみるべきだったな」
これほど美味しい料理を、今まで食べたことがあっただろうか? 異界の男の記憶を除けば、それは無いと言えるだろう。
孤児院での食事は、予算の不足か院の経営方針によるものか、料理と呼ぶのも憚られるような出来であることも多かった。土粥一歩手前のものが出されることもしばしばあった。
その後の陸軍幼年学校・士官学校では、孤児院の頃と比べると毎食が天国の食事かと思うような、素晴らしい料理を味わえた。つまり、平均的な食事だ。
身体が資本である軍人を育成する学校だ、配食量は身体を作るのに十分なものだったが、今思えばどうにも味気ない。パンやパスタといった炭水化物の分量は十二分だったが、おかずが少ないように感じる。
「士官学校に戻ったら、レオンとマリウス誘って外食するか。どうせあいつら暇してるだろうし」
士官学校の2人の友人は、日々の訓練や交流を通じて間違いなく友人と呼べる関係を築いてきたものの、私的に友人らしい遊びをした事がない。街に繰り出す彼らに一緒に来ないかと誘ってもらったこともあったが、当時の私はそれを断っている。
孤児院にいた頃は生きるのに必死で、娯楽なんて触れなかった。幼年学校に入学して以後は、訓練に明け暮れて私生活なんて投げ捨ててきた。そもそも私生活の楽ししみ方がよく分からなかった。
しかし今は、異界の男の記憶がある。余暇の必要性も、その楽しみ方も、何となく分かるようになった。
ならば、今後は余暇を楽しむべきだろう。さしあたり、友人と一緒に美味しい食事を摂るところから。
◇◆◇
車窓から流れる景色を眺める。異界の鉄道とこちらの鉄道、車窓から見える風景は大きく違った。
異界の記憶にある鉄道からは、どうやって建てたのか分からない高層ビルやランドマークのタワー、あるいは住居や商業施設、アスファルトで舗装された道路と、とにかく都市的でコンクリートとアスファルトに溢れた風景が見えた。
翻って故国の車窓は、走行区間の影響こそあれど見渡す限りの麦畑だ。道も主要な道路こそ石畳が敷かれているものの、一本脇道に入れば押し固められた土の道ばかり。
「異界は進んでいるんだなあ……」
魔術の有無という差はあれど、基本的には異界の方が発達した文明のようだ。文明の発展を良しと捉えるかは人によるが、私は過ごしやすい家電製品の揃った家、歩きやすいアスファルトの道が羨ましい。
口惜しいことに、私は異界の進んだ技術をこの世界で再現できるほどの知識を持っていない。
ザンブルグ博士の仮説に従えば、私が例えば建設分野について学習することで、異界の建設についての知識を思い出せるようになる筈だ。しかしその場合でも、そもそも異界で生きた男が建設分野の知識を持っていたかどうかが問題になるように思う。
「なるようにしかならんか、結局」
一士官候補生の身では、如何ともし難い問題だな、これは。悩むだけ無駄だ、別のことを考えよう。
帰営したら、まず何をするか……。
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