リハビリ
「ペース落ちてきてるぞー! ちゃんと走れー!」
「ゼエッ……ハア……ッ、んな、無茶な……」
マクデンブルグ王立魔導技術研究所には、開発した魔術を試験する為に広大な屋外試験場が併設されている。
時に敵戦列を吹き飛ばすような大規模な魔術も試験されるこの屋外試験場は、今回の
「士官学校の訓練に復帰できる体力まで回復させます! いや、以前のエアハルト君を越える肉体にして見せます!」
と豪語していた研究員は、訓練や肉体強化に対して魔術を活用する研究を行っているマックス・リヒター博士という方であったらしい。
研究所内で最もリハビリテーションに造詣が深いということで私のリハビリ指導を買って出たようだが、今となっては私を使って試作品の試験をしたかっただけなのではないか? という疑念が拭えない。
◇◆◇
「やあエアハルト君。早速で悪いがこのボディアーマーと腕輪を着けてくれ」
リハビリ開始日、前日になされた指示に従って屋外試験場まで行くと、見たことの無い機材を抱えたリヒター博士が待っていた。
「分かりました。……ところで、それは一体どんな物なのですか?」
「よくぞ聞いてくれた! これはな、私が開発した強化トレーニングウェアと新型の放魔錠だ! 説明するよりも使ってみる方が早いだろう、まずは強化トレーニングウェアの方から着てみなさい」
かの世界で言うところの宇宙服を、若干細身ににして頭の覆いを外したような姿の強化トレーニングウェアとやらは、着てみるとかなりズッシリとした重みを感じる。しかし不思議なことに、身体のバランスが取りにくいということはなく、運動に支障は無さそうだ。
「何と言うか、不思議な着心地ですね。見た目より重いのに、動きにくいということはない」
「そうだろうそうだろう!! 重力術式を分散させて各所に仕込むことで、体幹バランスを崩さずに従来のトレーニングウェイトを大きく上回る負荷を与えることができる我が研究室最新の強化トレーニングウェアだ!! 身体の回復能力を増強する機能も付いているぞ!!」
自身の研究成果を披露できることが嬉しいのか、興奮気味にトレーニングウェアの説明をするリヒター博士。元から声の大きな人だとは思っていたが、普段の5割増しの音量で話されると正直うるさい。
「さあ、放魔錠の方も着けてみなさい!」
「放魔錠と言われると、罪を犯したような気分になって嫌ですねえ……」
そう、放魔錠というのは基本的に魔術師を拘束するために用いられる器具なのだ。犯罪行為に手を染めたか、軍法に違反したか、それとも捕虜になったか。ともあれ放魔錠を掛けられる場面に良いイメージは無い。
「その新型放魔錠をそこいらの放魔錠と一緒にしてもらっては困るぞ! 魔術師を効率的に鍛える為に、魔力放出効果を抑え、魔術発動阻害効果を強化した逸品だ! 勿論魔術師が無意識に発動する身体強化も阻害するから、より効果的に肉体強化を行えるぞ!」
「……魔力の放出効果を抑えたら、放魔錠ではないのでは?」
「作用原理は放魔錠と同様なのだよ。まあ、作用から名付けるのであれば『拘魔錠』となるかな? しかしそんなことはどうだっていい。早く着けてみたまえ!」
テンションの高いリヒター博士に圧されながら新型放魔錠、もとい拘魔錠を右腕に付ける。すると急に体が重くなり、危うく倒れてしまいそうになる。
慌てて姿勢を回復させたが、リヒター博士はしてやったりと言った顔をしている。
「どうだね、身体強化の無い状態は? 随分と体が重いだろう?」
「ええ、驚きました。身体強化の有無でここまで変わるのですね」
「訓練された魔術師は、魔力の体内循環が行われる限り常に身体強化を行っている状態であるからな。体内の魔力が枯渇するか、その拘魔錠のように魔力の体内循環を阻害する物を身に付けない限りは体感できないんだ」
先程までとは比べ物にならないほど体が重くなり、立っているだけでも疲れてくる。
戦場で魔力を使い切った奴は死ぬぞ、と魔術課程の教官から口酸っぱく言われていたが、確かにこんな状態でまともに戦闘など出来まい。思わぬところで実感することになったな。
「なるほど。実に新鮮な感覚ですよ、これは。……ええと、この状態で私は何をすれば良いので?」
「ある程度予想はついているだろう? その状態でこの試験場を走ってもらう。途中に休憩を入れながら、とりあえず昼までは」
この博士、正気か? このフルプレートアーマーよりも重量がありそうなトレーニングウェアを身に付けて、魔力を遮断して、3~4時間走る? 私を中世の騎士にでもするつもりなのだろうか?
「不服かね? しかし、1週間という短いリハビリ期間で士官学校の訓練に復帰するならば、このくらいの無理はしなければなるまいよ」
不満そうな顔をしているのに気づかれたようで、理を以て説得してくる。
たしかに、リヒター博士の言う事には一理ある。時間的な猶予が少ない以上、運動の強度を上げなければ必要な体力まで鍛えることはできないだろう。
それに、この研究所は医療設備が整っている。多少無理な運動をして倒れても回復させられる、無茶はできる環境だ。
……やるべきなんだろうな。面倒だし苦しいだろうが、やるとしよう。
「……分かりました、やります。記録を取ったりはしますか?」
「理解してくれたようで何よりだ。記録の測定は特にないよ、君が使った後にトレーニングウェアのチェックはするけどね」
「了解しました」
「無理をしろとは言ったが、これから1週間行うことも念頭に置いて動いてくれ」
「はい」
これから1週間この状態で走らされると思うと、今から気が重い。
「それでは……、ヨーイ、始め!」
◇◆◇
「よーし、休憩だ!」
「ハァ……ハァ……」
もはや返事をするような体力も残っていない。そのまま地面に倒れ込む。ゴツいトレーニングウェアを身に付けているから、受け身をしなくても案外痛くない。
「良い具合に疲れているねえ。いやしかし、本当に3時間走れるとは思っていなかったな。2時間走れれば上出来だと思っていたが」
……何故そんな目標を最初に提示するんだ。目標を低くしたら私が怠けるとでも思ったのだろうか?
「この調子なら、士官学校に戻る頃には5時間くらいは走れるようになるかもね」
ここからもう2時間? 想像できないな。
「さて、私は午後から別の仕事が入っている。だから付き合うことはできないが、トレーニングウェアと放魔錠は使っても構わないよ。使い終えたら私の研究室に返却しておいてくれ」
「ハァ……はい、分かりました……」
博士は研究所へ歩いていった。
ランナーズハイという奴だろうか? あんなに嫌だったのに、今はもっと走りたいと思っている。
息が整ったら昼食を摂って、午後からもう一度走ってみよう。
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