士官学校へ


「1週間お世話になりました、リヒター博士」


「なに、こちらも実験を手伝ってもらっている。お互い様だよ」


「フォーゲル少佐も、見送りに来てくださり恐縮です」


「我らが王国陸軍の誇る、前途ある士官候補生の帰還だ。見送りくらいはさせてもらうさ」


 地獄のリハビリ期間もあっという間に過ぎ、士官学校へ帰還する日となった。

 研究所を後にする私をリヒター博士とフォーゲル少佐が見送りに来てくれている。


「リヒター博士、本当にこの拘魔錠を頂いて良かったのですか?」


「試作を重ねている段階のトレーニングウェアはともかく、その拘魔錠はもう生産が始まっている品だからな。優秀な魔術士候補君へのささやかな投資だよ。まさか1週間であの荷重に順応して、士官学校の標準メニューをこなすとは思っていなかったよ」


「何分他にすることもなかったので......。ありがとうございます、大切に使わせてもらいます」


 暇というのは恐ろしいもので、身体を壊す寸前まで行うトレーニングでも何もしないよりマシと感じるのだ。

 リハビリ期間の1週間、食事・睡眠・運動以外にすることもできることも無かった私は、ずっとトレーニングウェアを着て動き回っていた。

 その甲斐あって、リハビリ最終日には士官学校の野外教練中に行われる体力錬成メニューを、トレーニングウェアを着ながらこなせるようになった。

 トレーニングウェアを脱いで、拘魔錠を外した今の私はこれまでにない程力が漲っている。今ならアルパス山脈の最高峰にだって登れる気がする。


「これがマクデンブルグ駅からベルンブルグ駅までの鉄道チケットだ。速やかに帰営するように」


「了解しました」


「それはそうとエアハルト君、これは私からの餞別だ。前言を翻すようだが、帰営までに何か美味しいものでも食べなさい」


「良いのですか!? ありがとうございます!」


 フォーゲル少佐は、この研究所の最寄り駅から士官学校の置かれている首都ベルンブルグまでの鉄道チケットと、普段まず入らないようなお高いレストランを利用できそうな額――何と10マルグ――の紙幣を渡してきた。


「君のお蔭で実験は大きく進展したし、陸軍も面目を施すことができたのだ。本当に感謝している」


「光栄です。以後も精進します」


「期待しているぞ!」


  フォーゲル少佐は聴取の時と同様、激励の言葉と共に今度は肩に打撃を加えた。痛い。


「では、失礼します。長らくお世話になりました」


 2人の前を辞し、駅に向かう。……昼食は何にしようか? 10マルグもあれば何だって食べられそうだ。


◇◆◇


「行ったか……」


「微妙な表情ですな? フォーゲル少佐。……まだ不安ですか?」


 エアハルトを見送った後、研究所前に立つ2人は研究所内に戻らず、言葉を交わしていた。


「いや、彼の肉体や精神に不安はないさ。ここ1週間で行われた各種の検査を彼は通過しているし、あの歳では信じられないほど落ち着いた人間だった」


「そうでしたな。……それでは、何を懸念されておいでなのです?」


「それは……、いや、これは君に伝えるべきではないな」


 フォーゲル少佐は身を翻し、研究所内へ入っていく。


「伝えるべきではない、か。なるほどな」


 少佐の言葉から何かを読み取ったリヒター博士もまた、少佐に続いて研究所へと戻っていった。

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