帰還②

「これで今日の聴取は以上だ、エアハルト学生。明日以降本格的な聴取を開始するから、記憶の整理をしておくように」


「了解しました」


「では、また明日」


 2時間を越える長い聴取――博士曰く聴取の前の予備的な聞き取り――を終え、終業時間を迎えたのであろう博士がそそくさと退室していく。


 1ヶ月に渡って昏睡状態であった人間に対して行うとは思えない過酷な聴取を終えた私は、悪態を呑み込み、長時間背もたれ無しに長座姿勢で過ごした為に痛む腰を労ろうと、ベッドに横になった。


 夕食が運ばれてくるまでにはまだ時間がある。休みがてら少し状況を整理するとしよう。


◇◆◇


 帰還報告をした後、まず行われたのは医官殿と周囲を動き回っていた研究員による診察であった。


 魂魄を引き剥がし異界に送り1ヶ月ほど、栄養剤の投与は行われていた為に、多少筋力の低下はあれど、想定していたよりも身体は衰えていなかった。

 しかし、1ヶ月間離れていた魂と肉体が再結合する時に何が起こるか、過去に症例は皆無であり、全くの未知であった。


 そんな不安をよそに診察結果は良好。特段異常は認められず、数日様子を伺った後にリハビリを開始すると伝えられた。


「士官学校の訓練に復帰できる体力まで回復させます! いや、以前のエアハルト君を越える肉体にして見せます!」


 とリハビリを担当する博士は豪語していたが、1ヶ月のブランクを一週間で埋めるリハビリとはどんな拷問なのか、恐ろしくて今から震えが止まらない。



 検査を終えた私を待っていたのは、「4号渡界実験」に対して参謀本部技術研究局から派遣されたフォーゲル少佐であった。


 上機嫌ながら少し気まずそうな少佐殿は、当初の予定額よりも増額された各種手当の付与、今後の支給物品や隊付研修について便宜を図ることを私に伝えた。

 ......提示された内容に表立ったモノが存在しないということは、なんだろうな。


「……フォーゲル少佐、念のためではありますが、この優遇の裏について伺ってもよろしいでしょうか?」


「当然の疑問だな。説明しよう」


 こちら側から水を向けると、フォーゲル少佐は少しホッとしたように説明を始めた。


「今回の実験は現在秘匿状態で進行しており、この惨憺たる結果からするに情報公開されることはまずあるまい。ここまでは良いか?」


「はい。少佐」


 士官学校の教官に似た雰囲気を纏う少佐は、講義を進めるかのように私に問いかけた。

 実際、情報公開はありえないだろう。この実験には軍・学術機関などで将来を担う筈であった人材や現役世代で活躍していた人物らが参加し、その大半が帰らぬ人となったのだ。とても公表などできない。

 死亡した多くの人は、実験とは全く無関係な任務や事故で死亡したこととされ、実験の記録は機密文書として保管されることになるだろう。


「うむ、よろしい。そうして情報を秘する事となると、この実験に軍から派遣した人員に対して、公式に論功行賞を行えなくなる」


 何となく先が読めてきた。先を促すように首肯する。


「正規の軍人であれば他の任務に従事した事にすることも、功績を用意することも容易なのだが、君は軍で正式な身分を持たない状態で派遣された士官候補生だ。功績をでっち上げるには不都合が多すぎる。そこで、この優遇だ。有り体に言ってしまえば、口止め料という奴だな」


 やはり、という感想しか出てこない。


「エアハルト学生は、本件について一切の口外を禁じ、また、本件の功績を事由とした如何なる昇進・栄典も行われないものとする。良いな?」


 命令への服従が求められる軍において、上官からの提案に選択の余地などない。それに、口封じに殺されたり、無給扱いにされるよりは遥かにマシであろう。


「承知しました、フォーゲル少佐」


「うむ。エアハルト学生が利口で何よりだ」


 満足そうに頷かれる少佐。こちらとしても変に噛みついて参謀本部に目を付けられるのは御免被る。根なし草の私が軍から追い出されれば、行き着く先はマフィアか匪賊か、どちらにせよマトモな職ではない。

 最初から無給を宣告されたならば恨み言の一つくらい漏らすかもしれないが、我らが参謀本部は有情にも十分な報酬を示してくださっている。


「復帰後に引き渡される物品についてはこのリストを参照するように。注文があれば私を通してくれ、ある程度の融通は効く。研修先については楽しみにしておくと良い、悪いようにはせん。……最後に、よくぞ帰ってきてくれた! これからの君の武運と健闘を祈る!」


「ゲホッ……、ありがとうございます、少佐」


 気がかりであった点を伝えスッキリした様子の少佐は、必要な連絡を全て終えると、私に激励の言葉と背中への打撃を残して研究室を後にした。


 そして少佐が退出すると、最後まで研究室に残っていた博士が「待っていました!」と言わんばかりの表情でやって来て、2時間以上休む間もなく質問を投げかけてくるのであった。


◇◆◇


 そこまで思考を巡らせたところで、フォーゲル少佐に渡された支給物品のリストをまだ確認していないことを思い出した。


 サイドテーブルに置かれたリストを手に取る。報酬に提示されるほどの物品とは一体どのようなものだろうかと思っていたが……、想像以上の内容だ。


 士官学校生に支給される24式小銃の後継にあたり、現役部隊向けに調達が進められている32式小銃。24式と比べ、動作不良が圧倒的に少なく若干ながら射程も伸びていると聞く。


 最新型では無いものの、携行性と汎用性の高さから現場の支持を受け続ける軍用発動具の名品・モズール5型もある。この指輪型の発動具は、士官学校で支給される杖型発動具ヘッケン4型と比べると干渉強度・魔力変換効率共に劣るが、小銃を使用しながらでも魔術を発動できるという点が全ての欠点を補いうる。


 目立ったところで言えばこの辺だろう。

 正直ここまでとは思っていなかった。小銃か発動具のどちらかでお茶を濁すだろうと考えていたのだが……。それだけ参謀本部は今回の帰還を評価しているということなのだろうか?


 まさか士官候補生の身で現役の魔導士官と同じ装備を身に付けることができるとは! 士官学校に復帰したらレオンとマリウスに自慢してやろう。

 ……2人は今頃どうしているだろうか? 実験開始前にはほぼ毎日会っていた筈なのに、異界で二十余年過ごした影響か、随分と会っていない気がする。また3人で集まって馬鹿話するのが待ち遠しい。


「エアハルト君、夕食だよ」


「おお、ありがとうございます」


 若い研究員が夕飯を載せたトレイを運んできた。目覚めてから何も食べていない私の腹はとにかく食料を欲している。考え事の続きは食事の後にするとしよう。

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