洋館
滝野遊離
本文
目が覚めると、石の床で寝ていた。こんな場所で寝落ちした記憶はないし、こんなところが自分の家にあったとはとても思えない。体が冷えた上に、とても痛い。全身を鳴らしながら起き上がる。伸びをしていて気づいたが、腰壁付きでかなりお洒落だ。ここはどこだ。家ではないし、ネットでしか見たことがない光景。例えるならば、ゲームなんかに登場する洋館だ。これがリアルだとするならば、自分は誘拐でもされていて、これから悪趣味な犯人が脱出ゲームでもやらせそうな雰囲気だ。まあ、どんな理由でここにいるとしても、とにかく脱出の手がかりを探さなければいけないことには変わりがない。
なんだか虚しくなった。一瞬で見つかってしまった。振り向いただけで見えた。これはたぶん玄関だ。早速外に出ようと、扉を押す。壊れるんじゃないかってくらい押す。むしろ壊れてもいいからここから出してほしい。
――駄目だった。全身に疲労が蓄積しただけで終わってしまった。押して駄目なら引いてみても開かなかった。カタカタとも言わず、風も吹き込まず、飾り扉のように動かない。飾りなのでは? 今は他のところを調べてみよう、という考えがなんとなく浮かんできた。
まず気になったのは、螺旋階段だった。優美だけれども、少し恐ろしさを感じてしまう。この部屋を探索してから登ろうと思う。次は出窓。割って脱出できるかもしれない。外の景色を覗き込む。硝子越しに見えるのは、ただひたすらに木。森しかない。触れると冷たく、確かにガラスのようだ。お誂え向きに、近くに立てかけてあった杖を手に取り、野球のバットのように構える。大丈夫、玄関の扉がおかしいのが悪いと思いながら思い切り振る。ガラスにあるまじき、鈍い音が鳴る。窓にも、杖にも傷ひとつ付いていない。自分だけがダメージを受けている。一応全ての窓を殴ったが、すべてが同じ特性を持っていた。
身体的・心的疲労で休んでいると、今まで気づけなかった、そこそこ大きな扉があることに気づいた。またこれも偽扉なんじゃないか、という疑いが浮かんでしまう。疲れを無視して、その戸を押す。
ここでは、なにかアクションができたのが初めてかもしれない。普通に開いた。その先には、とても長い机があった。すごい金持ちの形容詞として出てくるような食卓だ。ホコリ一つついていない、繊細なレースで彩られたテーブルクロス。花は刺さってないのに、洒落て見える花瓶。小さな暖炉には火も、近くに薪さえもない。やはり、暫く人間が入り込んでいないのだろう。
これからどうしようか。もう少し休みたい。椅子に座ろうと思ったが、なんだか本能的な嫌な予感がしたので辞めた。
螺旋階段、螺旋階段を登る。赤い絨毯踏みしめて、下から持ってきてしまった杖だってくるりと回すといい感じの紳士になったような気分だ。最後の段に足を掛け、かつんと杖先を地面に突きつける。高そうな木材が、床に使われている。
豪奢な扉や、今は点いていない洒落たランプが、なにかの物語の舞台のようだ。まずは一番近くの扉を開けて、入ってみる。ただの部屋だった、期待して緊張したのが悪かった。だが本棚があった。本に埋もれて死にたい程度の私にとって、それは宝の山だった。
豪奢な、雰囲気の良い本棚の、なんとなく目についた本を捲る。日本語でも英語でも、それどころか見たことのない言語のようだった。仕方ないから、本の香りだけ嗅いで諦めようと思い顔を近づけた。すると、何かの新聞の切り抜きのようなものが落ちてきた。
「連続殺人事件、佐賀県一家惨殺」
背筋に寒気が走った。見なかったことにしよう。まあ生きていればそんなこともあるさ。早くこの部屋から出よう。極力急いで。風か何かで閉まったのだろうか、部屋の扉を開けようとすると。ことり、ことり。何かの音がすると感じたときには、時既に遅し。持ってきた、あの杖が重苦しく跳ねながら、ゆっくりと近づいてくる。恐怖なのか、何なのか。体がびくとも動かない。何者かに身体の操作権を奪われてしまったかのようで。これは悪い夢、そう信じて視界を閉ざした――――
ひどい耳鳴りがして、意識を水底から引きずり出される。
「完全没入型・バーチャルリアリティ体験、お疲れ様でした」
昔と比べて、ずいぶんと感情表現が自由になった合成音声が告げた。今回も失敗してしまった。ゲームオーバーの後に、記憶が引き継げないゲームなんてあと何年あればクリアできるのだろうか。紛れもないクソゲーだけれども、何度もプレイしてしまう。
洋館 滝野遊離 @twin_tailgod
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