変化

 就職活動をする時期になり、バイトのシフトを減らすことにした。きっぱり辞めるつもりだったが、若いキャストがキャバクラに一気に移籍し、減ってしまったため、辞め時を失った。新しい子が入って安定するまではいることにした。

 実際、就活に対しやる気が起きず、何をしたいかどう働きたいか、志望理由、自己PRなんかに頭を抱えていた。ただ生活するために働かないといけないだろう位にしか考えていなかった。

 二十年程生きてきて、何もない人間だと自分で再認識する作業は楽しいものではない。馴染みの客と酒を飲んで、いい気分でカラオケをしてる方が何も考えずに済み楽だった。

 

 しかし店長が急に代わって少し状況が変わった。系列店の店長がこっちの店舗も持つようになり、うちの店は悪く言えば質が落ち、よく言えば繁盛するようになった。

 もともと案内所上がりのうちの気の良い店長はまた案内所に逆戻りした。つまり降格だ。根が優しい人なので、こういう夜の店で客にサービスばかりしていたら、女の子的には楽な客はついてもお金にならなかったのだ。客層には拘らず、金を落とす客だけ客と見る、そんな少し非道ぐらいの性格の方がこの仕事にはちょうどいいのだろう。

 新規の客を呼び込み、系列店の若い可愛い子をあてがい、色恋営業させるのは当たり前になった。同伴する子がほとんどで私はすぐに居づらくなった。新しい店長はもともと店に在籍しているキャストが扱いづらかったようで、どんどんシフトは減らされた。

 他の子達も自由にやらせてもらってた分、新しく来た店長と反りが合わず、残っていた古株のお姉さん達は違う店を探す人、きっぱり夜の仕事をやめる人が増えた。この店だからと働いてる子が多かったし、他に仕事をしていて自由に働けるからとたまに出勤する人も多かったので、店自体が様変わりするならと、辞めていった。

 居心地が良かった店は18歳、19歳の未成年ギャルがわんさかと増え、ドリンクをどんどんくれる客ばかりになった。常連客のおじさま達は、べたべたと客に触りドリンクをせがむデュエットも出来ない若い女の子達に呆れ、うるさく、トイレで倒れるような若い客のノリに付いていけず、肩身が狭くなったと愚痴をこぼしたりした。

 私も不満が増えた。シフトも思うように入れてくれなくなり、入ったかと思えば、常連客からクレームを言われ、叱られることが増えた。

 私の客がふらっと店に立ち寄り、知ってる女の子が誰もいないが入ったらしく、若い女の子が対応し、ぼったくられた、と怒りの連絡まで来た。

 実際来る前に彼から私に連絡が来たわけではなかったし、若い女の子達と楽しんだあなたが悪いでしょ、と内心思ったが、人の客からどれだけドリンクを貰ったんだ、とそれにも腹が立った。一応店長には伝えたが、どの女の子が対応していたのかも分からず、うやむやになった。

 それから店に入るのが億劫になり、もともと少なかった客達は連絡せずにふらっと来ることが多いので、一応私が入ってない時に行くなら、ドリンクをあげるとお金かかるからね、自己責任でいってね、と釘を指す連絡を入れた。

 結局辞める気でいたので、他に気に入る子がいればそのまま引き継いでくれればいいや、くらいに思っていた。

 ケントさんのことも頭を過ぎったが、連絡先など知らなかったし、気前が良くて見栄っ張りなおじさま達と違い、きっとあの人は誰にもドリンクはあげないだろうな、と思ったりした。


 木曜日、三週間ぶりにシフトが入った。ケントさんと最後に会った翌週の木曜日、私は来るだろうと期待していたが彼は来なかった。その後もシフトは毎週木曜日は出していたが、客と同伴するわけではなかった私は、削られていたので約一ヶ月経った。ケントさん来るかなー、いやもう来ないかな、来ないならもう来ないで欲しい、と変なテンションになっていた。


 前回の二人きりの接客、結局彼は一時間いることにし、私は出勤した子に引き継ぎ、途中で帰った。私と一緒に帰る、と言っていたのに、と少し腹が立った。私が見送られる形になり、帰り際、彼の後ろを通った時、また手の甲を一瞬撫でられた。ビールグラスのせいで手は冷たく、濡れていた。

 彼と目が合い、低く優しい声でお疲れ様、と声を掛けられた。数秒反応が出来ずにいた。バー越しの女の子には何も見えておらず、笑顔でお疲れ様でーす、と声を掛けられ現実に戻った。

「お疲れ様でーす。ケントさんもまた木曜日にね。」

 愛想笑いを浮かべ、足早に店を出ると、少し肌寒く、撫でられた右手だけが熱く感じた。


 空いたグラスをもらう時に手と手が少し触れただけ。帰り際にも一瞬手が触れた。ただそれだけのこと。撫でられた気がしたが、私の思い違いかもしれない。ただそれだけのことなのに、擬音で表すなら、ビリビリとして彼の視線が熱く感じ、子宮の奥がキュッとなり時間が止まった感覚だった。今まで感じたことがないあの感覚。


 きっとこの時には、落ちていたんだと思う。



 木曜日。誰も出勤していない。少し早めに店に着いたが、店長さえ店の準備をしておらず、シャッターが半分閉まっていた。ドアを押しても開かない。仕方なく、徒歩10分ほどの系列店に向かうと、開いていた。店長を探しても見つからない。バックヤードまでずかずかと入り込み、可愛らしい女の子が三人が似合わない煙草を吸いながらキャピキャピと話していた。

「さとみさん今日入ってるんすね」

「そーなんです」

 咄嗟に敬語が出た。なぜかギャル相手には敬語になってしまう癖がある。

「店長は?」

「なんかすぐでてってー掃除しとけって言われたんすけど、十分きれいちゃいます?もーほっとこーって。向こうの店ちゃうんすか?」

 もしこっちの店に向かっていたなら、道で出会うはずだから多分違う。そしてこの店は汚くはないがきれいではない。私もあまり気にしない方ではあるが、ここのバックヤードは出来れば早くでたい。色んなにおいがするし、髪の毛やホコリくらいとればいいのにと思った。

「開店準備しなあかんねんけど、店が閉まってて鍵とか誰かに預けてないかな?」

「あーーさとちゃん来たら鍵これって言ってたわ。」

 これ見よがしに谷間を強調する服をきた女の子が鍵を私に向かって投げた。申し訳ないが、名前を覚えていない。

「ありがとう。助かった。」

 それだけいい放ち、鍵をもって足早に店を出た。店長が店を開けるのは仕事だろう、もし忙しくて開けられない状況なら、私に一言連絡してくれたらいいのに、と苛立ったが、考えないことに決めた。


 店の掃除をしよう。開店まであと四十五分はある。どうせ木曜日は暇なのだ。

 万が一、ケントさんが来たときのために、いつもよりもきれいにしとこう。そして香水を振ろう。気分を上げるために楽しいことを考えた。

 彼がもし来たとしても、上手く対応出来るか分からない。でも会いに来てほしい、そんな感情が沸いたのは初めてだった。

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