出会い

 いつも木曜日に来るけちな客、ドリンク一杯もくれず、ただ飲み放題のビールだけをちびちび飲み続ける。傍目に他の客の音痴な曲を聴きながらあまり喋りもせず、一時間バーカウンターで座っている。

 店長の知り合いという事で皆最初は愛想よく対応していたが、顔が整っていたとしても、けちな客はこういう店では毛嫌いされる。そういう女の子達の意図を汲み取ってか、店長がその客に付くことが多かった。私が店に入ったのが1年前、それ以前もたまに来ていた客らしいが、店長も素性は良くは知らないらしかった。

 他の店にも顔を出さないといけない彼は曜日関係なく忙しく、そういう時は私が付くことが多くなった。そもそも、木曜日の早い時間は私が固定で出勤していたので、必然的にそうなった。指名料もドリンクも付かないが、暇な木曜日の時間潰しだ。外でキャッチをするよりいくらかましだった。


 この店に来る客は自分の話を聞いて欲しい人がほとんどで、キャストも聞き上手なお姉さんが多く、年齢層が周辺の店に比べると高かった。私は大学生だが、系列店のキャピキャピとした雰囲気が似合わなかったのか、店長の意向でこの店で働くことが決まった。

 常連客はカラオケ感覚で来てる人も多く、歌も歌わず話もほとんどしない、そんなところに興味が湧いた。


 年齢不詳、毎回黒シャツに細身の黒ジーンズで、名探偵コナンでいう黒ずくめの男だ。身長は175センチくらい中肉中背のおじさん。外国人のように彫りが濃く、眼鏡の奥の瞳は黒目がちで、何を考えているか分からない。たまに目尻の皺を深くして少年のように柔らかく笑った。

 若く見えるが、意外と歳を取っているのかもしれない。色々聞き出そうとしても上手くかわされ、あまり喋らない。いつも手ぶらでジーンズのポケットから古びたヴィトンのパスケースを取り出し、丁寧に三つ折にされた千円札を三枚取り出す。延長することはなく、時間ギリギリまでビールを飲み続ける。


 私は店のルールで店の外まで見送りで出た。

「また来週の木曜日も待ってるね、ケントさん」

 彼は立ち話もなく、握手やハグももちろんしてこず、左手をヒラヒラさせ、足早に帰る。振り向きもしない猫背な背中を見送る。そういうところが少し寂しく思ったりした。彼は名前も名乗らず、吸っているタバコの銘柄からケントさんと私は勝手に呼んでいた。


 木曜日、二十二時半。彼は来ずじまいだった。ちょうど地方から出張で来て、前回ボトルを開けてくれた自分の客から久しぶりに連絡がきた。いるなら行くよ、と言われたのでもちろん来てもらった。いつもの暇な木曜日と違い、カラオケでロンリーチャップリンをデュエットして、黒霧の新しいボトルを開け、いい感じにフワフワした気分になっていた。

 店先でハグをして見送ったちょうどそのタイミングで、彼がこちらに向かっていて目があった。いつもよりだいぶ遅い時間だということ、ハグを見られたという気恥ずかしさで戸惑った。私のシフトは二十三時までで、そこから二人来る予定だったが、いつもギリギリに来る。

「今日は遅いやん。お疲れ様です。」

 気持ちを切り替え、ニコニコしながら話しかける。

「さとみは客についてたし、キャッチもおらんかったから、出直したらこの時間になった。ちょうど帰りはったな。」

「めっちゃ嬉しいこと言ってくれるやん。覗いたなら声かけてくれたら良かったのに。女の子おらんでも席だけはあるし、入ってくれたら女の子呼んだのに。入ってーもうこの頃寒なってきたねー」

「何時にあがんの?」

 いつものビールサーバーの目の前の席に座り、私がビールを注ぐのを待ちながら、彼は興味なさそうに聞いた。私は淡々と暖かいおしぼりを渡し、ビールを注ぐ。

 この類の質問は客によっては嘘をつかないといけない場合もある。彼の場合はもう常連並に来ているし、警戒するほどないな、と思い二十三時だと伝えた。

「じゃ、俺も三十分だけでもいい?」

 先ほどの客の片付けをしていた私は、その言葉にドキッとして彼の顔をぱっと見ると、こちらをじっと見つめていた。目が合ったのは一瞬。鋭い眼光に耐えられず、すぐに目を逸らし、テキパキと片付けながら、もう既に飲み干しそうなグラスが見えたので、次の一杯を入れるためにサーバーの前まで来た。

「三十分単位ではやってないよ、出てもいいけどお金は一時間分もらうで。」

 営業スマイルを投げかけ、新しいビールをコースターに置くと、手持ちのビールを飲み干し、私に手渡した。手が触れた。暖かく、分厚い手だった。私は、サーバーから離れ、流しにあるグラスと今手渡されたグラスをできるだけ時間をかけて洗った。



「安い客に愛想を振りまかなくていいからね、そういう客は飲み方も汚いから。」

 それは二十八歳の一番売れている上野樹里に似たキャストさんが私に教えてくれたことだ。洗い終わって彼を見やると、もう既にグラスが空きそうだった。サーバーに近づき、次のビールを注ぐ。

「泡少なめって覚えてくれてんね。」

 グラスを手渡す時に、そっと手を撫でられた気がした。全神経が右手に集中した。

「そんなん、最近毎週来てはるから覚えるよ。」

 うまい返しも出来ず、ただ男慣れしている振りを続けた。


    私も彼女と同い年の今なら分かる。こういう男にはまってはいけない。





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